『戦雲(いくさふむ)』音声ガイド制作記

『標的の村』『沖縄スパイ戦史』三上智恵(みかみ・ちえ)監督の6年ぶりとなる渾身の最新作。
石垣島の山里節子(やまざと・せつこ)さんによる島の伝統的な即興歌「とぅばらーま」のシーン、
そして与那国島の船レースの祭り「ハーリー祭」のシーンは、
個人的にも特に劇場空間で体感していただきたい映画の時間です。
三上監督が撮ってくれた、島の人々が映ってくれた映像を、映画館でみつめていただければ幸いです。

●上映は6月25日迄。※水曜はお休みです。
特に土日は混雑が予想されますので、ご予約がおすすめです!


本当の「国防」とは何か?
圧殺されるのは沖縄の声だけではない
沖縄本島、与那国島、宮古島、石垣島、奄美大島――この美しい島々で、日米両政府の主導のもと急速な軍事要塞化が進行している。自衛隊ミサイル部隊の配備、弾薬庫の大増設、基地の地下化、そして全島民避難計画……。2022年には、「台湾有事」を想定した大規模な日米共同軍事演習「キーン・ソード23」と安保三文書の内容から、九州から南西諸島を主戦場とし、現地の人々の犠牲を事実上覚悟した防衛計画が露わになった。しかし、その真の恐ろしさを読み解き、報じるメディアはほとんどない。全国の空港・港湾の軍事拠点化・兵站基地化が進められていることをどれほどの日本人が知っているか。本当の「国防」とは何か。圧殺されるのは沖縄の声だけではない。

(映画公式情報より)

今からでも遅くはない。
共に目撃者になり、
今という歴史を背負う
当事者になってほしい。
――三上智恵(映画監督/ジャーナリスト)

(三上監督コメント)


初観賞時、島から離れた地に暮らす私にとって、本作をみつめることで何を思うか、何を突きつけられたかが、頭を巡った。
世界中で起こっている紛争や虐殺のニュースに触れる中、どこに対しても「非当事者」である自分は、何を感じるべきなのか。
外から見たもの・聞いたものだけを通して、悲しんだり、怒ったりして良いのか。
勝手に当事者/非当事者の線を引いて自分を守ってしまう。
惨劇が繰り返されるパレスチナのこと、デモが連日続く台湾のこと。自分にとって「遠い場所」で起こっていることは、もっともっとたくさんある。
単純にあらゆる土地で起こってしまっている人の命を奪う問題を一括りにしてはいけないとは思うが、やはり人の業の根底は繋がっている。と思ってしまう。
そんな中でふと大江健三郎の「沖縄ノート」(岩波新書)を読み返した。
大江さんについてどう思われるかは人それぞれであろうが、このタイミングで本著に触れたことは私にとって『戦雲』に向き合う足場を固めてくれたように感じる。
本の中で繰り返される命題・「日本人とは何か、このような日本人ではないところの日本人へと自分を変える事はできないか」について、沖縄で起こっていることが「日本」に暮らす私にとって無縁ではないことを、当然ながら改めて思う。答えは出ないが、向き合い続けるしかない。そう思い直すのは、向き合えていなかったからではないかと痛感する。

『戦雲(いくさふむ)』の三上監督コメントにはこうある。
「共に目撃者になり、
今という歴史を背負う
当事者になってほしい。」

ただ見たり、聞いたりするだけではない、映画体験の強度が『戦雲』にはある。『戦雲(いくさふむ)』を視る(視覚の「し」)、聴く(聴覚の「ちょう」)ことを通じて、自分なりの「当事者」にまずは近付ける。
『戦雲(いくさふむ)』を観て私がそう感じたのは、冒頭のシーンであった。
冒頭の与那国のカジキ漁師・川田さんに心を掴まれた。
老夫婦の食事風景。妻の頬についた髪の毛を、手で取ってあげる川田さん。
とっても愛おしい。
一気に「この人をみつめたい」と思った。そして、「この人」を傷付けること、悩ませることに対して、自分は悲しんだ。怒った。
『戦雲(いくさふむ)』には、スクリーンに居るその人自体をただ単純に好きになれるシーンが幾つもあるのだ。
私が感じた「悲しみ」や「怒り」は、他者に発する上では慎重にならなければならないものではあると思うが、その感情自体は大切にしたい。
私にとって、そう思わせてくれるのが、『戦雲(いくさふむ)』だと感じた。


だいぶ前置きが長くなってしまったが、ここからは音声ガイドに取り組んだ自分なりに書いていきたい。
音声ガイドとは、視覚情報を音声・ナレーションに翻訳して伝えることだと私は考えている。

まず音声ガイドの台本を書いていく上でポイントとして自分なりに掲げたことは、
その土地に生きる・暮らす人々を感じること。
前置きで書いた、「この人をみつめたい」と思える瞬間を、それが視覚の上でしかわからないものであるならば、音声ガイドとして言葉でも拾い上げていく。
夫婦の愛おしさ、祭りの熱気、ヤギや馬との微笑ましい関わり。そんな人々が暮らしの中で、苦しめられ分断されなければならない状況。
「この人をみつめたい」と私が思うのは主観でしかないが、誰もが「みつめた」上でそう思える、あるいは思えない可能性は音声ガイドを通しても表さねばならない。

音声ガイド台本を書く上で印象的なシーンがある。
駐屯地のゲートに立つ自衛隊員が、石垣に暮らす山里節子さんに向き合い、目を背けられないシーンだ。
島にどんどん軍備化が進められる状況でも歌い、祈る節子さんの想い。
人と人の対話の可能性と言っていいのか。祈りが届いた瞬間と言って良いのか。

私が過去の三上監督作でとりわけ忘れられないのは、『標的の島 風(かじ)かたか』(2017年/配給・東風)のラストシーン。
まっすぐ見つめる女性と見つめられ目を背けられない(と私は感じた)警察の青年のショットだ。
(*青年が警察だったか警備隊だったか機動隊だったか、申し訳ないのですが定かではありません。)

数々のドキュメンタリーに登場する、無機質な・人間味を失わされてしまっている、とまで感じてしまう権力側の組織に属する人物の映し方は、時には暴力的になってもしまうものだと思う。
観るものとしては、それが良い悪いではなく、暴力は暴力であることとも向き合ってくべきだ。
ただ、三上監督はそれだけではないものを映してくれる。
怒りは個人に向けられるものではなく、島の人々が怒りつづけねばならない状況にあり、「有事」の際には真っ先に命を落としてしまう自衛隊員への想いが根底にある。
組織の中の均一なキャラクターとしてでなく、そこに居る一人の人として、権力側の組織に属する人を映したシーンは、たとえ「目の見えない」人にも、伝えたいワンシーンだと強く思った。
「この人をみつめたい」という私自身の想いの一例である。


このように『戦雲(いくさふむ)』の音声ガイド制作を振り返り、「この人をみつめたい」という主観を足場にして、私は台本を書いていったのだと改めて感じる。
そうした想いがある中で、ナレーションを入れて完成させる上で、音声ガイドにおける「声」の使い方にも考えを巡らした。
テロップを音声(声)に翻訳する上で、当初は合成音声の使用も考えたが、淡白すぎてそのアイデアは外した。
また、山里節子さんの即興歌「とぅばらーま」のシーンには、音としては石垣の伝統的な言葉であるので、「標準語」のテロップが映画には加えられている。
音声ガイドでは、そのテロップも音(声)にして伝えなければならないのだが、今や唄える人が少ない「とぅばらーま」を、その歴史を繋いでいる節子さんの肉声を、音声ガイドナレーション上で不躾に演出してはならない。
肉声ではどうしても、「とぅばらーま」自体から離れ、音声ガイドナレーションが強引に感動させたり悲しませたりしてしまう恐れがある。
しかし、合成音声では、「とぅばらーま」の歌詞の意味を節子さんの歌声に合わせて感じることは難しくなってしまう。
今回は私が声を当てなければならなかったのだが、やはり肉声で読む選択を取った。
音声ガイドを通して、声の持つ力、持ってしまう力を改めて想う。そう想うほど、『戦雲(いくさふむ)』は映される人々の声が力を持っている映画であるのだ。


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音声ガイド・バリアフリー日本語字幕は、三上監督に台本上での監修をいただきました。
離島取材が続く中での監修、本当にありがとうございます。

バリアフリー日本語字幕は「じまくびと」さん制作。
沖縄の島々の方言も、エイサーの歌詞も、「聴こえる」ものを文字化するために、詳細なリサーチを重ね表記してくださいました。
言葉の響き、その土地の人々に宿るリズムのようなものも、視覚からも感じていただけましたら幸いです。
「じまくびと」さん、今回も丁寧なお仕事をありがとうございました!
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『戦雲(いくさふむ)』の上映は25日まで。
三上監督の8年間の撮影が凝縮されたこの一本から、確かに感じ取れる人々の姿。
祈りや歌に触れること。
映画を通して、「この人をみつめたい」と純粋に想える感情から、当事者になる。沖縄の声に向き合う上で、この大切な映画があらゆる方に届きますように、と願う。


文:スタッフ柴田 笙


●6月15日は、三上監督にお越しいただき舞台挨拶をいただきました。


●集英社新書「戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録」(三上監督著)も映画とともにお手に取っていただきたい一冊です。
文章と共に、各章には映像リンクのついたQRコードも付いています。
三上監督が逡巡しながら、島々を回りながら、アウトプットされた映像たち。
映画に収まりきらなかったことも、時系列順にまとめてくださいました。
表紙は、勇ましく馬に乗り走っていく女性。裏表紙は、山羊と遊ぶ少女。山内若菜さんによるイラストも素敵なのです。。!


●8月1日からは『骨を掘る男』を上映します。
沖縄戦の戦没者の遺骨を40年以上にわたり収集し続けてきた具志堅隆松さんのドキュメンタリー。『戦雲(いくさふむ)』と合わせてぜひご観賞ください。


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シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、
目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての回を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで上映しております。

●当館ホームページ「シアターの特徴」

皆様のご来館、心よりお待ちしております!


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