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愛の神託、萌ゆる人生を。


あの子は「愛」についてよく考える子だった。

自分が愛せない人などいないはず、きっと愛せる何かがあるはず、と自分なりに誰かの良いところを見つけ出そうとしたり、それでも限界があると分かって、きちんと納得がいくまで考えたり動いたりするような、そんな子だった。

わたしの家のサンルームを非常に気に入ったらしく、まだ寒い二月のしんとした空気を身に纏って、しょっちゅうサンルームで煙草を吸っていた。
あの子は愛おしいくらい変わった子で、家の中でもピンクのロングコートを着ていることが多かった。それが落ち着くらしいのだ。

暖かい土地から来たあの子は、一面に広がる雪景色にとても喜んで、「ここで写真を撮って。」「次はこっちから撮ってほしい。」と何度もわたしにせがんだ。


「これは、水色。こっちが、ピンク。君はどの色が好き?私はピンクが好き。」
「このパワーストーンは、私の彼氏が作ってくれたの。」
「君も作ってもらえるよ。大きくなったらお小遣いを貯めて、いつか宮崎に来るといい。」
「このネイルは、赤。私とネイル、どっちが可愛い?どっちも可愛いから、選べないね。」
少し低くて、でも優しい静かな声でゆっくりと、まだ言葉も話せないわたしの娘に話しかけていたあの子を、きっと一生、鮮明に覚えている。

猫のように気まぐれで、物静かで、心の優しい子。
それでいて野心溢れる、素敵な子だった。

わたしの二月の誕生日には、
「あなたの腕時計と同じ色のを見つけたから、これがいいと思って。」
そう言って、薄緑と水色の可愛らしい電子タバコをプレゼントしてくれた。
あまりお金がないと言っていたのに、それでも贈り物を用意してくれて、小さなメモに言葉を紡いで渡してくれたあの子を、めいっぱい抱きしめた。


また来るね、と言ったあの子は、もう二度とこの家に来ることはなかった。

五月一日。
初めて、家の前にたんぽぽが咲いているのを見た。
あの子が全身全霊で生きていた二四年間を、愛を、あの子の意思を、
神様がたんぽぽという花を通してわたしに託したようであった。


舟を漕ぐのは大変だろうから、
わたしが今じんわりと感じている寂しさで、その寂しさから流れた涙で、
君がゆっくりと穏やかな船旅ができるように、お手伝いさせてね。

いつかまた、必ず会いましょう。
とっても愛しているよ。


おやすみ、世界。
おやすみ、萌子。


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