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【2022 映画感想 001】『ハッピーアワー』 タイトルの意味もまだつかめていない

今年の映画館での鑑賞1本目は、濱口竜介監督『ハッピーアワー』(2015)。
濱口監督の『ドライブ・マイ・カー』は全米批評家協会賞の作品賞を受賞したそうですね。そして主演の西島秀俊さんは主演男優賞を受賞。おめでとうございます。

2015年製作/317分/日本
配給:神戸ワークショップシネマプロジェクト
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介 野原位 高橋知由
撮影:北川喜雄
録音:松野泉
照明:秋山恵二郎
音楽:阿部海太郎
出演:田中幸恵(あかり)、菊池葉月(桜子)、三原麻衣子(芙美)、川村りら(純)

『ハッピーアワー』はずっと観たかったのですが、公開時に見逃してから、特集上映、特別上映など、ことごとく見逃してきました。
今回ようやく観ることができたのは、『ハッピーアワー』で共同脚本を担当された野原位氏の初長編作品『3度目の、正直』の公開に先立っての特別上映。ちなみにこの作品もおもしろそうです。(あれ、そういえば気になる映画リスト、1月分ってまだ記事にしていなかった?)

5時間17分と長い作品ですが、長い映画好きな私としては至福でしたし、そうでなくても、あの長さが必要だったんだなと納得できる内容でした。

(以下、若干内容に触れる部分があります)

30代後半の、友人同士の四人の女性、あかり、桜子、芙美、純のそれぞれの人生のある局面を描いた作品(あらすじは公式サイトをご覧いただきたい)。
基本的には対話劇で、対話によってその人の真実が見えてくるような場面が多々ある。それがエキサイティングで、観客はその場面に立ち会っているような感覚になる。そんなところはちょっとワイズマンのドキュメンタリーを思い起こさせる。しかしそれは本作が「まるでドキュメンタリーのよう」ということでは全然ない。そこに人の生きる姿が見えるということが共通しているのだと思う。

また、四人の女性たちの話であるせいか、ジャック・リヴェットの『彼女たちの舞台』を思い出したりもした。話や方法が似ているということではない。嘘っぽさの中に真実らしさが見え隠れするようなところ(あるいはその逆)が作品全体の雰囲気にあるからかもしれない。

『寝ても覚めても』や『ドライブ・マイ・カー』と同様に、一見なんでもない描写の中にときどき不穏なものが潜んでいて、どきっとさせられる。朗読会のシーンはその頂点のように緊張感に満ちたスリリングな場面だった。
また、この三作には共通して「不穏な若い男」が出てくる。表面的には穏やかだが不穏さを孕む男というのは濱口監督のモチーフの一つなのかもしれない。彼らは皆「誘惑者」であることも特記したい。

もう一点共通しているように思えるのが、何かの「衝動」。平穏な日々に突然湧き上がる衝動のようなものが、この三作には描かれている。これも監督の重要なモチーフの一つなのではないだろうか。
本作では、問題を抑え込み平凡な日々を過ごしていたはずの四人の女性それぞれが、自分自身の真実を見出した時、衝動的な行動に出る。誰にも行く先を告げずに旅立つ純、ワークショップの講師の誘いに乗るあかり、夫に別れを切り出す芙美、ワークショップの時にナンパされかけた男に駅で偶然再会し一夜を共にする桜子。停滞した人生にドライブをかけることができるのは、きっとある種の衝動性なのだろう。少なくとも本作ではそのように表現されていたと思う。

『ドライブ・マイ・カー』でも描かれる、濱口監督の独特の手法、「テキストを棒読みする」は、本作でも、小説家が自作を朗読する朗読会という形ですでに登場していた。なぜそうするかということも、小説家の口を借りて述べられている。本作ではそれが小説であったからか、その手法が意味するところが何か腑に落ちた。この辺りについてはもう少し考えて、改めて書きたいと思う。

長い映画が好きな人や、映画の中に言葉にできない何かを観たい人、映画を観て何かを考えたい人にお勧めしたい作品。




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