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いろいろありすぎた空木岳(うつぎだけ)登山②

 さて二日目。核心はこの日なのである。
3時過ぎ起床。夜はあまりうまく眠れず、初めてのシュラフとエアマットのせいか酔ったみたいに、胸が気持ち悪い。胃薬飲んで4時半出発。寒くてありったけのもの(レインウェアも)を着込んで、まだ暗かったのでヘッデンもつけて出発。なんだか本格登山みたいだ。

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小屋前からの朝焼け。
 玄関先で白シャツのお兄さんと一緒になり、ご挨拶。彼とはこの日後半で苦楽を共にする事になる。


20分後稜線に上がり檜尾岳に着く頃には、ほかほかになり、着込んだものをあらかた脱ぐ。
 さて、ここからさらに楽しい(はずの)稜線歩きなのだけど、空は曇り。この先二つのピークを踏みつつ目的の空木岳までは5時間の道のりだ。徐々に天候が悪化するのはわかっていたし、昨日の疲れもあるはずなので、浮かれず慎重に速やかに歩を進めなければならないーと緊張感をみなぎらせつつ出発。

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ちょっと歩いて振り返った眺め。真ん中にポツンと檜尾小屋。かわいいね。

風が少しずつ強くなってきている。動画途中に白シャツさんが歩いているのが見える。

 1時間半歩き、熊沢岳という最初のピークに着く。するとそこに、片手に乗るくらいの可愛いお猿のぬいぐるみを、ペアで山頂標識に乗せて写真を撮っているお兄さんがいた。あらら。可愛いこと。しゅっとしたお兄さんが一眼レフでぬいぐるみを・・・。緊張感がゆるりとなる。

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 挨拶をして写真を撮り合い、話をすると、"なんとなく百名山を歩いているが、どうしてもーという訳ではなく、良い山と聞けば他にもどんどん登っている"との事でそのスタンスは私と同じだ。百名山は整備されてるしねーと話す。ずっと山はおさるさん達と一緒なんだそうだ。もちろん彼の方がペースが速く、すぐに先を行かれて姿が見えなくなってしまうのだが、道標のあるところでおさるさん達の撮影しているうちに私が追いつき、やぁやぁとお互いの写真を取り合うーというのを繰り返す。その合間に、朝一緒だった白シャツさんが抜いたり抜かれたりして現れるーといった道行きであった。人の気配があるだけでとても心強い。

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 二つ目のピーク東川岳を過ぎると、どーんとカッコいい空木岳が"ラスボス登場!!"的な感じで出現する。おおー。が、しかし、やはり、下るのだ。一度激下ってから、山頂へと登り返すのだ。眼前にボスが鎮座していて、わかりやすいだけに、辛い。かなり急で、そこそこ怖い下りを終えたところに木曽殿山荘がある。

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トイレを借り、バッチを買う。さてーと最後の登りに踏み出す。写真はちょっと登ったところから、振り返っての一枚。なんだかとんでもないところに建ってますね。この前後、白シャツさんの姿は見えないが、ぬいぐるみさんは先の方にちらりと姿が見えていた。
 ふーふー登っている途中で、向こうの谷間から雲がわーーーっとやってくるのが見える。風がどんどん強くなってくる。おお。昨年の北アルプスを思い出す。足元も岩だらけだ。
 まるで早回しのラヴェルのボレロのように、徐々にあたりが霧に巻かれ小雨が降り出す。雨はそう酷くならないのだが、いかんせん風が強い。カメラを取り出すこともできない。 大きな岩には、鎖とともに足場となるコの字の鉄棒がついていて、よじ登るように這い上がる。気持ちで負けるといけない、怖さで動けなくなってはいけない。この先にぬいぐるみを持った彼がいるーという事が、かなり大きな心の支えになっている。大丈夫、大丈夫。道を間違えないよう、ペンキの印を確かめつつ一歩ずつ。強風の中息を整えて、次から次と岩をよじ登っていく。

 ふっと広い所に出た。白くけむるガスの中、山頂標識が現れぬいぐるみさんが現れて拍手してくれる。やー嬉しかったぁ。やったやったーー!! "大変でしたねぇ"とねぎらい合う。"ここが登れるなら、劔も槍も行けますよ!"と言われる。

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 あたり一面まっ白な頂上にいたのは10分か15分か。すぐに頂上直下の駒峰ヒュッテに向かう。ここで少しゆっくり休まないと。すぐに下りてゆくぬいぐるみさんとはここでお別れだ。ありがとーありがとー。

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 ヒュッテで何か温かいものでも飲めたらーと思っていたけど、ドアが開かない。人がいるみたいだけど、明かりもついていない。有人避難小屋なんだろうな。でも風がよけられて座るベンチがあるだけで嬉しい。そんな事が嬉しいくらいに疲弊していたんだ。

 あとはもうゆるゆると下っていくだけーと思いきや、これが長くて長くて長くてー。ロープウェイとバス10分の分の距離を歩くわけだから、とっぷりしっかりある訳だ。下り始めるとぽつりぽつりと登ってくる人がいる。こんな天気なのに、さすが百名山。土曜日だしね。下るうちに明るく晴れてきた。

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 わりに下りは得意な方と思っていたのだけど、さすがに足が進まない。

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途中に"大地獄""小地獄"と地図にある、急な階段鎖場があったりするのも、嫌な感じ。地獄て。
 しんどいわーと一休みしていたら、白シャツさんに遭遇。とっくに先を行ってしまったかと思っていたのに、木曽殿山荘で水を汲んでいたそうで、ザックが重そうだ。しんどいですねーと言い合いながら一緒に歩き出す。勝手に喝を入れてもらおうと、ちょっと間を空けて頑張ってついていく。そのおかげで、ペースを上げることができた。そのあとも前に後ろになりながら、励まし合って進む。

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 途中池山小屋という避難小屋で大休止をしたりしながら(持っていった食料最後のマフィンが激旨!また雨が降ってきていたので、屋根があるのがありがたい)、結局コースタイム下り5時間20分のところたっぷり6時間かけて、午後4時駐車場に着く。

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 ポツンと置かれている車を見てホント嬉しかった。押し寄せる安堵。朝の4時から夕方の4時までかかってしまった。トムラウシの10時間行動を上回った。よろよろのどろどろで近くの"こまくさの湯"に移動。するとその駐車場で、白シャツさんを見かける!お互い車に乗ったままの、一瞬の挨拶でお互いの無事を喜びあったのだった。

 空木岳縦走。こんな道行きになるという事がわかっていたら、怖気付いて面倒になって、きっと出発することはなかったろう。バス乗り場の長蛇の列・長い、岩だらけあるいはハイマツだらけでアップダウンの激しい稜線の道・頂上直下の暴風と岩登り・下山の過酷な長さ。できるだけの準備・下調べをして臨むのだけど、現実は想像をはるかに越えてくる。とりあえずそれらを一つずつクリアしていくしかなく、それは苦しいけどとても楽しい事なのだ。達成感半端ない。そうしてそれができたのは、山小屋の親切な小屋番のおじさんや、白シャツさんやおさるさんの存在が大きかった。眼前に見えなくてもずいぶんと励まされた。トムラウシは1人でやり切った感が強かったのだけど、空木は人の持つ力・温かさが歩かせてくれた山だったように思う。

 


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