見出し画像

曇り空が多い

 曇りの日が多いトーキョーである。時々雨が降る。湿度は高くなく、コンクリートの家の中はひんやりしている。洗濯物の乾きが悪い事と、ベランダの植木がちょっと可哀想なのが難である。

画像1

 ベランダでは順調に植木が増えている。オットの職場にて、自主的に大きなプランター二つの世話をしているのだが、そこで花は終わったけれど、捨てるには惜しいものなどを救出してくるので、どんどん鉢が増える。なおかつ最近オザキフワラーパークという素敵ショップに行くようになったから、もう止まらない。好きなユーカリやスモークツリーを手に入れた。鉢を選んで土を入れ、植え込んで水をたっぷり。緑の葉をしゅっと伸ばしたり、もこもこと花芽が出てきたりすると、もうたまらない。よーしよしよしよしと、愛でてまわる。

画像2

画像3

画像4

画像5


 連休中、オットと高尾に向かった。陣場山を登り、高尾山まで走ろうかと。なんちゃってトレラン。5年前にも2人で走ったのだが、オットが下山でコケて出血しつつも完走したのだった。今回は早々にオットが2回程ゆるっとコケ、怪我はなかったものの大事を取って、途中の景信山で下りてきたのだった。私もぜーぜーだったので、2人とも順調に老化しとるのねーと納得の山歩き(結局ほぼ歩いたのよね)だった。

画像6


 それは予想通りだったのだけど、陣場山をゆっくり登っている途中、新緑の綺麗な事に驚いた。いろんな形の枝や葉の木がたくさん。今までほとんど気にも止めずに歩いていたけど、家で一鉢の木や葉を愛でるようになってみると、山の緑の熱量に圧倒される思いがしたのだった。誰も世話をしていないのに、たくさんがみんな綺麗で元気だーーー! 特にこの新緑の季節は、出てきたばかりの葉が、初々しくも瑞々しいのだ。あまりいちいち感動してると頂上には着かないので、真顔に戻り、ひーこら登る。

画像7


 無事家に帰り着いて洗濯しながら、多分今の私くらいの頃、義母がものすごい数のセントポーリアという可愛い花の鉢を、家で世話をしていた事を思い出した。100とかあったと思う(先日本人に聞いたら、600くらいあったとのこと)。居間や寝室の壁際にずらりと並び、その棚の上には蛍光灯がついていて、陽の光の代わりをしていた。当時は、花が好きなんだなぁくらいにしか思わなかったけど、今ならその労力と財力の凄さに目が丸くなる。

 ここ(トーキョー)の家には庭はない。かつて住んでいてなんとかまだ保持している札幌の家には、小さいけれど庭がある。年に数回行く度に雑草取ったり、最低限の世話をする。上の子が生まれた時に植えた桜や、母が亡くなった時に咲いていたピンクの薔薇などがあり、思い出深い庭だ。小さな自宅カフェをやっていた時は、外でお茶ができるようにしたっけ。ふむ。垣根代わりのオンコの木の剪定など、ずっと父に任せっぱなしだった。

*************

 ・・・とここまでが5月の中旬に書いたものだ。あっという間に5月は終わろうとしている。月一は更新しようという勝手に設けた最低ラインを、なんとかキープするべくpcを立ち上げた。できれば文章修行もかねて、もっとじゃんじゃん更新したいのだけど。

 上記札幌の家についての記述後、札幌に行った。
4時起きで6時55分の飛行機に乗り、8時半には父と落ち合い、9時半には支笏湖にいた。その後私は山に向かったが暴風に遭い、撤退。父はいろいろの鳥撮りができ、満足。翌日石狩の母の墓参に父と向かい、その夜は弟夫婦に美味しいイタリアンをご馳走になるーなど。にぎにぎしい日々。

画像8

画像9

画像10

東京上空 樽前山 イタリアン


 でもその翌日はゆっくり庭の世話をした。というか雑草を抜き、オンコの剪定を父としただけなのだけど。かつて父に任せきりだったそれを、父の監督のもとやってみる。新しい黄緑の枝がぽよんぽよん出ている風情が、私は好きなのだけど、それらはみな両手を使う大きな鋏で景気良く刈らねばならない。ざくざくちょきちょき。だんだん楽しくなる。樹は4本ほどあり、それぞれ結構な大きさなので、だんだん大変になる。刈ったものを集めて袋に入れ、捨てなくてはならない。ふむ。

 どこまでこの家を持っていられるかわからないけれど、この小さな庭についてできる事を知りたい。きっと小さな鉢とは違う世界があるだろう。わからない事が多すぎるのだ。なんでもそうなのだけど、何がわからないのかすら、わからないというのは始末に負えない。

 父には元気でいてもらって、学べるものは学びたいと思う初心者ガーデナーなのだった。

画像11

2020年8月の庭。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?