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夏はバッティングセンターへ行かない。

僕は人生の半分近くを野球に捧げてきた。

チームワーク、競争、喜び、挫折。

多くの時間を使ってきたからこそ、気付かないほど僕という人格にも大きな影響を与えているのだろう。

元々僕はバッティングセンターはあまり好きではなかった。

俗にいう「人の投げる球」とは球質が違うからだ。
射出角度、回転。(最新設備だとそんなことはないのかな?)

なによりも自分のペースで打たせてもらえないことが嫌いだった。

実際の試合で相手チームの投手でさえ、こちらが打席を外したり、タイムを掛ければ幾分か自分のペースが整えられるのに。

久しぶりにバッティングセンターに来た。

ついつい本気で打ってしまう。
僕は夏はもっぱらサンダルだ。そして汗っかきだ。

本気で打つにも上手く踏ん張れないし、無理をすればサンダルが壊れてしまう。汗もかくし。

でも、本気で打たないと、踏んばらないと納得の行く打球が打てない。

ジレンマ。


結果、僕は何度かサンダルを駄目にしてしまっている。だから、夏にはバッティングセンターには行きたくない。

それにしても、このバッティングセンターは古い。
なんせ僕が生まれる前からあるのだ。
たまに玉が飛んでこないこともあるし、ひどいコースに投げてくることもある。


そんな機械に少し感情移入してしまった。

100円を入れると、かったるそうに旋回式のアームが淡々の動き出す癖に、あぁ仕事だ。と言わんばかりに一定の間隔で一定のゾーンに投げ込んでくる。

もうちょっと高いところに投げてほしいなぁと思っても、こちらの様子を伺ってはくれない。昔は精密機械のようにちゃんとしたコースに球が来ていたのに。

最近、そんな機械の気持ちが少し分かった気がする。

決められた金額を受け取って、決められた球数を投げ込む。

君は毎回頑張っているから、今回は200円入れてあげよう。
球は100円分でいいよ。

そんな風に評価されると、僕は一気に200円分の球を投げ込む。

見合ったものを返さないとという思い込みがある。

常に高品質を目指している僕にとって、質の向上は困難だと思い込んでいる。だって常にベストを尽くしている(つもり)

では、どうすれば見合うのか。
量で返すしかない。

人からの評価を素直に受け取ることが出来ない。というか自分に自信がないのである。

これが一気に10万円分入れられてしまうとより早くガタが来てしまう。
壊れる前にしなくてはならない定期的なメンテナンスもせず、投げ続けてしまう。

撤去されてしまうのか、部品の交換を待ってしばらく調整中にするのか。
それは分からない。けれど、動かなくなるまで投げ続けてしまう。

僕たちは機械か?いやちがう。人間だ。

機械だってブレることがあるんだ。
僕たちも、もう少しブレてみることにしよう。
ブレたっていいんだ。なんて思った、甲子園のない珍しい夏。

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