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高校生活が終わると、僕らの世界も終わる。ドット絵青春ADV『A Space for the Unbound 心に咲く花』

『A Space For The Unbound 心に咲く花』は90年代後半のインドネシアの田舎町を舞台にした、人生の一幕を切り取ったようなアドベンチャーゲーム。超自然的な力を手にした少年と少女の関係や、不安や絶望を乗り越えていくことの意味が、美しいピクセルアートを背景にみずみずしく描かれます。

引用:公式サイト

注意事項

本記事は、アドベンチャーゲーム『A Space for the Unbound 心に咲く花』のネタバレを多分に含んでいる可能性があります。ネタバレを忌避される方は読み進める前に、ご自身でプレイされることを推奨します。

概要

『A Space for the Unbound 心に咲く花』で、プレイヤーは男子高校生のアトマを操作し、インドネシアの田舎町を冒険することになります。トータルプレイ時間は10時間ほど。プレイフィールは切ない青春という気持ちで、『OMORI』プレイ後に似た心象がありました。

ねこが出ます

以下、本作を様々な要素に切り分けて感想を記します。

ゲーム性

リプレイ性

ストーリーに重点を置いているので、リプレイ性は低いです。2週目に手を出そうにも、スキップ機能・早送り機能はないため、もう一度じっくり読み直すことになります。セーブファイル数も9つと少なく、細かくセーブファイルを用意するのも困難。プレイを録画しておいて、それを見返すくらいが良いでしょう。

システム

プレイヤーを左右に動かして、気になるものがあれば調べる。諸所でミニゲーム的なアクションも入ります。さほど難しくはありませんが、最終盤のアクションは冗長な印象で、面倒に感じてしまうかも。

ゲームを進めると障害が発生して、そのためにおつかいをして、また障害が発生して、それを解消するために別のおつかいをして、ということを繰り返します。人によっては目的から外れすぎてよくわからなくなってしまうかも。ここはシステムの範疇からも外れるので一旦省略。

アドベンチャーゲームということで攻略は一本道。寄り道要素もあるにはありますが、のめり込むほどのものはありませんでした。どれだけ頑張って寄り道をしてもすぐに本筋に戻ると思います。本編を忘れても仕方がないので当たり前の作りではある。

グラフィック

ドット絵

CGが使われたりということがなく、全編通してドット絵で描かれています。本作を象徴するアクション「スペースダイヴ」の演出も、細かくドットが打たれているのは好評価。

キャラクターが拡大される場面では、ドットが荒いと感じてしまう人も少ないかもしれない。あえてドットを細かくせず、キャラクターの解像度を大きく変えないことで、表情の変化を一定にする効果はあると思います。

背景のグラフィックも美しく、モデルにしている90年代のインドネシアに行ったこともないのに、懐かしさを覚えます。後述するサウンドも相まって没入感は強め。ヘッドホンでのプレイを推奨します。ちょっとだけ気になるのは、キャラクターの表情の描き方が独特で、ちょっと怖く見えることがあるかも? というところ。

サウンド

サウンドを担当しているのは、制作のMojiken StudiosのミュージックコンポーザーであるMasdito“Ittou”Bachtiar氏。『コーヒートーク』にも負けないという触れ込み通り、ゲーム内には耳障りの良い音が溢れています。寄り道である音楽家たちの悩みのお話は必見。

フィールドを移動するときも、足元が何かで細かく音が変わり、アトマや他の登場人物が息づく世界がしっかりと描写されています。

Steamではアートワークに加え、サウンドトラックも販売されています。気になる方はチェックしてみましょう。

キャラクター

本作のことを100%理解したわけではないので、想像を含みますが、物語の大部分で描かれるキャラクターは、本来のキャラクター像を多少ズレが生じていると思います。『A Space for the Unbound 心に咲く花』の多くは、ラヤの精神世界で展開されているからです。

アトマを失ったラヤは、何かがきっかけで自分の世界に閉じこもってしまい、自分に都合のよい世界を作り出す。現実を受け入れたくないキャラクターが、自分の思うような世界で生きているというのは、細かな違いがあるとはいえ前述した『OMORI』に近いものがあります。

キャラクターの個性はしっかり描写されていて、スペースダイヴによって細かく掘り下げられます。一方でキャラクター間の繋がりはあくまで主要キャラクターたちに留まっていることが多く、あったとしても本筋には影響がないものが多いです。序盤で助けたおじいさんが大企業の社長だった! みたいな展開はあまりなかった印象。

また、主要キャラクターに関してもラヤの精神世界ということもあって、あまり良い扱いがされません。そのため特定のキャラクターに入れ込んでいると、ショックを受けることもあるかも? そうなるとラヤに対する印象が悪くなるので、フラットに捉える、またはある程度のところでラヤが中心の話だと気づく必要があるかもしれません。予想はしやすいです。

世界観

ストーリー

いわゆるセカイ系。大切な人を失った少女が、現実から目を背けるために偽物の世界を作り上げた、というところ。最後には恋人の力を借りて立ち直る、という王道のストーリーです。勘の良い人なら、序盤でこういうストーリーだと気づくでしょう。

プレイし終えた後も、ちょいちょい謎は残っています。反逆者と呼んでいたのは何のことだったのか。ラヤの謎の力はどういう原理なのか。赤本でスペースダイヴができるのはなぜなのか。ラヤとニルマラに分かれたのは、どういうことなのか。ニルマラはなぜ見た目が変わらないのか。他多数。

言い方はズルいですが、これらのほとんどは「この世界はラヤが作り出したものだから」という理由で片がついてしまいます。ズルい。ちゃんとした理由も用意されているかもしれませんが、仄めかされるだけで明確に語られる機会はなかったと思います。なので、しっかりとした解説・解釈がないとモヤッとする方は、プレイ後はやはりモヤッとするかも。

ゲームバランス

アクション面

前述の最終盤を除き、難しくありません。「フューチャー・ファイター」のハイスコアを更新しようとすると難しい場面も出てきますが、エンドコンテンツなので必須ではない。

アクションといっても、求められるのは「タイミングを上手く取ること」「画面に表示されるボタンを制限時間以内に素早く入力すること」などなので、ゲームに慣れているなら問題ないかなと。ただし突然連打を求められる場面もあるので覚悟が必要です。

思考性

ゲームから謎が提示され、それを自分の頭で解決する、というゲームではありません。行き先は明示されますし、赤本を読むことでいつでも目的を確認可能です。

ただ、一部の章では突然ノーヒントで特定のアイテムを特定の場所で使うことを要求されるなど、制作側のミスともとれる箇所があります。私もここで詰まったので、ネット上で「どうしても一点わからないところがあり、攻略を見た」ということがあれば、おそらく同じ箇所になるでしょう。

物語の謎についても前述した通り、「この世界はラヤの作り出したものだ」ということに気づいてしまうと、推理をするのが多少ばかばかしくなってしまいます。ただこの手のミスリードは分かりづらくしてしまっても、それまでの推理が肩透かしになってしまうので難しいところ。着地点はこれで正解だと思います。あとは世界観を楽しめるかどうか。

ユーザビリティ

快適さ

ロードは想像より長いです。また、スペースダイヴは演出をカットできないので、スペースダイヴのクリアのために必要なアイテムがある、という場合は億劫に感じるかも。

キャラクターの移動を結構求められる割に、ショートカットやファストトラベルはないので、快適な冒険をしたい人にとっては悩ましいところ。もちろん制作側としては世界の隅々まで探索してほしいので、安易なファストトラベルは身を滅ぼします。ただ、キックボードとかで素早く移動できたらちょっと面白かったかも。

UI

まず、『A Space for the Unbound 心に咲く花』は持ち物が重要なゲームですが、現在の持ち物を確認するためには「メニューを開き」、「LRボタンで表示を切り替える(ややモッサリ)」必要があり、レスポンスはかなり悪いです。キャラクターに話しかけるときにアイテムを選ぶことができるので、そっちで確認したほうが早いまであります。

この「キャラクターに話しかけるときにアイテムを選べるシステム」もちょっと微妙で、存在価値は薄いです。意味のないアイテムを見せても台詞があるのなら面白いのですが、そういうことはなく、特定のアイテムを見せないとリアクションがありません。

その割にキーアイテムを持っていても「話しかけるだけ」では反応せず、ちゃんとアイテムを選択しないとダメなので、このUIである必然性がありません。複数あるアイテムから選ばないといけない場面もありますが、この場合もアイテムが揃っていることが前提なので、選択肢で解決できたと思います。UI先行で作られた印象が拭えないところはあります。

マップ

ユーザビリティのトップに貼ったマップですが、非常に見づらい。キャラクターが通れる道は常に水平方向ですが、マップでは垂直方向に描かれているエリアも水平方向で描かれてしまうため、マップとの整合性が非常に取りづらいです。

たとえば上図。ゲームセンターがある通りですが、ここはマップ上では垂直方向に描かれています。そのため実際に移動する方向とマップ上での移動法する方向が違うので、沼地ってどこから行けるんだっけ? ネットカフェってどこにあるんだっけ? というのは終盤まで覚えられません。

こういったアドベンチャーゲームだとワールドマップ形式が多い印象があるだけに、本作のマップの描き方は挑戦的だと感じました。こればかりは賛否両論となっても仕方ないと思います。大事なのは、プレイヤーの操作と実際のゲームの挙動をできる限り一致させること。

操作性

できることは移動とインタラクト、あとダッシュくらいなので大きな問題はなし。ただ、コマンド入力で斜め方向が要求されることがあるのは違和感。なぜかというと、そこ以外でこのゲームに斜め入力は出てこないからです。なくてもよかったという感想。

スティックを素早く2回倒すか、Bボタン(変更可能)を押すとダッシュが出来ます。前者はやろうと思えば片手プレイができてしまいますが、まあやらないだろうな……必要だったかな……と思わなくもない。むしろ不要なところでダッシュが暴発するストレスが勝ったかもしれません。

UIや操作性の面では、少し課題を感じるかなという感想でした。

総評

『A Space for the Unbound 心に咲く花』は、セカイ系とわかってしまえばある程度先読みできてしまい、そうでなければ推理を徒労と感じさせる面もあり、推理することを重視するゲームではありません。

答えはひとつではありませんが、本作は90年代のインドネシアの風景のなかで、キャラクターのやりとりに心を震わせるのが遊び方のひとつであると考えています。自分がアトマだったら。ラヤだったら、どうするか。そういうことに心を寄せられる方なら十分に楽しめると思います。

ストーリーは残虐性に満ちてはいますが、そこを乗り越えると爽やかな感情に包まれ、自分自身も壁を乗り越えたような感覚に満たされます。悲しい淵に居るときはプレイするのが辛いゲームかも知れませんが、アトマと一緒に乗り越えるのも悪くないかもしれません。

『A Space for the Unbound 心に咲く花』は、Steam、Nintendo Switchなどで配信中。パッケージ版も購入可能です。

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