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宇宙庭園とねずみ(1) 悪夢

 僕が初めてみなとからそこの話を聞いたのは、2月の初めの、とにかく寒い日だった。
 その日の朝、10連続で悪夢を見た僕は、唸り声とともに飛び起きた。ベッドの上であぐらをかき、呼吸を整えている今も心臓は激しく鼓動し、鮮明な映像が浮かんでくる。

 僕は男たちに追われていた。

 紫色の着物をまとった男たちが僕を捕まえようと必死の形相で追いかけてくる。捕まるまいと僕は見覚えのない市街地をひたすら走っている。明らかに日本ではない市街地の風景、ただアジアともヨーロッパとも違う。あそこは一体どこの国だったのか?

 夢の始まりは小学校の教室だった。20代も半ばに差し掛かった今、なぜ自分は一人こんなところにいるんだろう? 『4年3組のルール』と書かれた教室の張り紙を見つめながら僕は考えていた。腕時を確認すると午後5時過ぎ、時間が時間だからか、耳を済ましても児童の声は聞こえてこなかった。

 視界の端で何か動いた気がして、窓の外に目をやる。

 息をのんだ。

 校庭にはユニコーンと思しき動物達があちらこちらに点在し、各々ゆったりと歩き回っている。深い緑、深い青、光りがかった紫、それらが混ざりあっているもの。その身体は競走馬のように研ぎ澄まされ、鋭い神聖さを放っている。何より彼らは圧倒的に美しかった。

 彼らに見惚れていたのはほんの一瞬だった。
 次の瞬間、僕は急に咳き込んだ。抗い様のない、激しい反射。そしてそれを合図とするかのごとく、次にけたたましい雷鳴が、空が裂けたんじゃないかと思うような爆音とともに校庭に降り注ぐ。 
 なぜだろう、雷鳴は校庭にいた全てのユニコーンに的確にヒットし、彼らはこぞってのけぞった後、一瞬静止し、それから次々と大地に崩れた。

 静寂

 ユニコーン達はピクリとも動かない。
 ……今の一撃でみんな死んでしまったんだ。僕にはそれがわかった。

 自責の念が湧いてくる。もちろん僕に雷を操る能力なんてない。ただ、自分が咳をしたことによって雷が落ちた、そう思ってしまうほどに、それは絶妙なタイミングで起こったのだ。

 ウゥーーーーー!

 突如サイレンが鳴り響く。

 空襲警報のような、危険を知らせる音、不安と恐怖を煽るような音。僕にはそう聞こえた。

 ダダダダ! ダダダ!──────

 今度はそれに重なるようにして複数の足音が聞こえてきた。なぜだろう。足音はこの教室を目指しているように感じられた。穏やかではない音。そこには強い目的や意思が含まれている。ユニコーンを攻撃したものを是が非でも捕らえようとする、そんな意思だ。僕は教室を出て走り出す。このままここに残っていたらいけない。もしかしたら、ユニコーンのことで僕は疑われてしまうかもしれない。そう思った。

 記憶が抜け落ちているだけなのかもしれないが、教室を抜け出した直後、夢の場面が切り替わった。
 次の場面で僕は例の市街地を一人歩いている。どこかへ向かっているのか? もしくはどこからか帰る途中なのか? ふと電柱に貼られたポスターに目を止める。

ユニコーンの殺しの犯人を探しています。

 ドキリとする。間違いなく、小学校の校庭で起こった、あの事件のことだ。ユニコーン達はやはり殺されたいうことなのか? 一体誰がそんなひどいことをしたというのか……どうやって雷を操ったんだろう。

「タクトさんですね」

背後から声がして、びっくりして振り返ると、そこに5、6人の紫の男達が立っていた。皆お揃いの紫色の着物を着た彼らに、もちろん面識なんてなかった。なぜ、僕の名前を知っているのか? なぜ、下の名前で呼ぶのか。

「一緒に来てもらえますか」

戸惑っている僕に配慮もなく、先頭の男が続ける。

「どうして?」

僕は聞き返す。急な話だ。理由がわからない。

「説明は後で」

「できません」

 こんな奇妙な男たちに囲まれ、こいと言われついていく人間なんていないだろう。

「来てもらわないと困るんです」

 口調は穏やかだったが、妥協の余地は全くない。そんな感じだった。

 僕は彼らを振り切るように、走り出す。

 ダダダダ! ダダダ!──────

 僕を追う足音が鳴り響く。小学校の教室で聞いたものと同じもの。
 あの足音は彼らだったのか。

 息が上がり、心臓が苦しくなる。

 なぜ何もしていない僕が逃げなくてはいけないのか? 他に選択肢はなかったのか? ただいまはただ逃げるしかなかった。

 僕は心臓に手を当て、息を整える。
 大丈夫、ここは僕の部屋の僕の布団の上だ。
 何度か意識して呼吸を繰り返し、ようやく心臓の鼓動が落ち着くと、今度は寒さで体が震え出した。
 僕は一度立ってエアコンをオンにしてからスマホを持って、再び頭から布団をかぶった。スマホの眩しさに耐えながら、僕はメッセージアプリをチェックする。

湊から今日のことでの連絡が来ていた。

14:00〜でよろしく。メシはない

相変わらず、湊らしい簡素な文章。

りょ。もともと期待してない。なんか買っていくよ。一緒に食べよ。

僕も簡素に返信し、それから20分ほど使って心を整えてから、ようやく布団を出た。カーテンを開け太陽の光を浴び、少し伸びをして、頭を空っぽにしようと努めた。

宇宙庭園とねずみ(2)へ続く


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