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宇宙庭園とねずみ(3) コスモボックス

「雑貨屋は2つ暗い森を抜けた先、巨大な大樹の根っこに存在した。木をくり抜いて作られた雑貨屋、あんな巨大な木をおれは今まで見たことがない。地球にあんな木は存在しないんじゃないかな。自分が小さな昆虫になってブナの木を見ている、そんな感覚だった。おれは口をあんぐり、圧倒されていたんだけど、タクトは当たり前のように中に入っていく。まったく堂々としたものだ」

「前にも行ったことがあったのかも」

「ありゃ常連だな」

「雑貨は確かに好きだ」

「中は混沌としていた。濃い木の香りがして、それが一体何の目的で使われるのか分からない大量の雑貨たちが乱雑に陳列されている。某ディスカウントショップもびっくりの個性的な陳列ぶりだ。わかるか?」

「何となくイメージは湧く」

「常連のタクトは店内をヒョイヒョイと進む。ときどき謎の雑貨を手に取り、チョイと触っては戻して、また進んでいく。しばらくしておれは気がついた。どうやらタクトは何かを探しているのだと」

「笑い袋かな?」
「ちゃう!」
「コアラのマーチ?」
「スーパーで買えよ!」

安定のツッコミに満足しつつ、僕は続きをお願いする。

「おれも夢の中で聞いた。『なあタクト、何探してるんだ』と。するとお前は、険しい顔をして、『まいった、商品の名前忘れちゃったんだ』」

「……夢の中の僕もボケたのか」

「ああ。笑いを取ろうとしたわけではなくリアルなボケだ。ところがここから一気に話は童話っぽくなる」

「すでにある程度は童話っぽいけど」

「先ほどのキヨシ・オカの曲を鼻歌で歌いながらねずみが登場した」

「ねずみが鼻歌?」

「はりねずみだ。なんともあつかましいねずみだった。二足歩行し、そしてしゃべる」

「しゃべるのか」

「そうだよ。ペラペラと」

「童話決定だね」

「『不思議の国のタクト』だ」

「そこは湊じゃないんかい!」

「おれの夢なのに、主役はタクトぽかったんだよ」

「うーむ」僕は唸る。

「『やあタクト、来てたのか』とねずみは目をキラキラさせて主役のタクトに話しかける」

「僕とねずみは友達なのか?」

「どうやらそうらしいぜ」

酔っ払っていたから僕は自分にねずみの友達がいなかったか5秒考えてみる。しかし、僕がいくら友達が少ないからといっても、しゃべるはりねずみを友達に加えるだろうか? いや、怖いから知人くらいにとどめそうだ。

「『僕はアレを買いに来たんだよ』とタクト」

「『アレ? アレじゃ分からないよ』とねずみ」

「ねずみ正論だね」

「『どうしてだか、名前が思い出せない。ただそれは大きくもあり、小さくもある。収束しつつも発散していて、最大限自由ではあるけれど、厳密な制限を設けることもできる』とやたら小難しいことを言い出すタクト」

「童話じゃなかったのかい?」

「童話の方が時には難解だということかな」

確かにそれはあるかもしれない。表現者が童話を用いたとしても、伝えたい内容は単純ではなかったり、伝えたい対象が子供とは限らなかったかったりする。

「ところがねずみ『ああ、コスモボックスね』」

「通じたのか!?」

「そう」

「『もう売り切れちゃったかな?』とタクトは本当に心配そうな顔でねずみに聞く」

「『売り切れる!?……あははは、可笑しいな』一瞬怪訝な顔をして、次にねずみは笑い出した。動物なのに。満面の笑みだ」

しゃべってる時点でいまさら”笑い”どうこうではないように思うが、確かに動物が笑顔を見せるのはすごいのかもしれない。ただ、ここまでの話を聞く限り、世界はもはや童話の世界ではなく、漫画の世界ではないか。

「『売り切れることなんてありえない。いつだって、いくつだってあるんだから』笑いが収まるとねずみはそういった。それからねずみは店員を呼び、タクトがコスモボックスを買いたい趣旨を伝える。親切なヤツだ。それからおれたちはレジに向かった。ところがここでも1つ、おや?と思うことがあった」

「レジにいたのが馬だったとか」
「いや、少なくとも店にいた動物はねずみだけだった」
「お金が足りなくて買えなかった」
「おしい! そう、お金だよ。レジの店員は『ご購入ありがとうございます!』と満面の笑みでコスモボックスをタクトに手渡す。ところがタクト、お金を払う様子を見せず、お礼を言って受け取ると、そのまま店を後にしようとする」

「ポジティブ万引き?」

「そんなもんあるか!!」

「テクノロジーが進んでる世界で、あらかじめIDとか登録されてるとか」

「おれもそうかなと思った。けどそれも違ったんだ。おまえが万引きGメンに肩を叩かれないようにおれは聞いた『おい、タクト、支払いはいいのか?』『支払い?』とキョトンとするタクト。『お金は後払いなのか?』もどかしくなっておれは重ねる。『お金?ってなんだい』と真顔でタクト。今度はおれがキョトンとする番だった」

「童話の世界だからお金がないのかな?」

「うーん。そうなのかもしれない。ただ、お金の件はすっかりスルーしてタクトは意気揚々話し始める。『僕はこれで(コスモボックス)宇宙庭園を作ろうと思う。素敵な場所だよ、ある程度できたらぜひ湊も遊びに来てよ』」

「……だいぶ話が飛躍したなぁ。まずはそのコスモボックスってのはどんな商品だったんだい?」

「大丈夫、おれもまったく同じように思った。コスモボックス自体は片手に収まる、形は立方体だったかな。ただ記憶がおぼろげで、どうにも実際にそれがどんなものだったのか思い出せない」

 それから僕らはその世界について私見を述べあった。ねずみは一体何者なのか。コスモボックスは何をするものなのか。湊はまたその世界にいけるのか。
 宴もたけなわ、全然話し足りなかったけれど、気がつくと10時を回っていたので、その日、僕たちはそこで解散することになった。湊がぜひタクトも『Transformation』を聞きながら眠ってみて欲しいと言うので、僕の方でも次回会うときまでにそれを試してみることになった。

宇宙庭園とねずみ(4)へ続く

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