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自分のWill その1

「ところで清田さん自身の自分のやりたいこと、Willって何?」
数年前に先生から言われた衝撃のひとこと。
ここでは自分のやりたいこと、意思を「Will」と呼びたいと思います。

Willなんていらない

新卒で今の会社に入社し、与えられた課題、降ってくる問題に対してがむしゃらに取り組み、成果を出して評価されて取締役というポジションになりました。
それにともない報酬も増え、人脈も広がり、それなりに充実感を感じてはいました。
(自分のやりたいこととか言っている奴は眠たい)
(仕事は辛いほうが人は成長する)
(滅私奉公してなんぼでしょ)
と本気で思っていました。

「清田さんの取締役就任のお祝いをしよう!」
と東京の先生が誘ってくださいました。
その際に言われたのが冒頭で述べたひとことです。
「清田さんの話は会社や仕事のためばかり。もちろんそれも大事だけど、自分がどうしたいとかないの?」
この問いに対して答えられないのです。
本当に何も出てこないのです。
自分のことであるのに考えが浮かばないのです。
これは非常にショックでした。

(俺にはやりたいことがないのか・・・)
(すべて自分の意思で決めてきたと思っていたけど、結局与えられてきただけではないか!)
(なんてつまらない人間なんだろう)
もう悔しくて悔しくて泣きながら帰りました。

とりあえず出してみる

ただ取締役に就任し、心のどこかではなんとなく
(このままでは限界を迎えるかも)
(今までの延長線上には未来はないだろう)
という漠然とした焦りは感じてはいました。
この漠然が先生のひとことにより明確になったのです。

自分のやりたいことが何もないというのが悔しいので、それから毎日考えるようになりました。
(南の島へ家族で旅行にいきたい)
(死ぬまでに家をもう一軒は平屋で新築したい)
(欲しい個別銘柄がたくさんある)
とりあえずは仕事とか人生とか重く考えずにこんな感じで列挙してみました。
欲望でも妄想でもなんでもいい。
(あぁ俺にも一応やりたいことはあるじゃん)
ちょっと安堵しました。
それくらい自分のことを考えてこなかったのだと改めて気づきました。

めんどくせー

(そういえばどういう仕事をしているときに、どういう成果を得た時に自分は楽しいのだろう?)
落ち着くと今度は仕事のことを考えるようになりました。

私の口癖は「めんどくせー」です。
「めんどくせー」のような言葉は発してはいけない、発してしまっている自分はどうなんだ?と思っていたのですが、かの巨匠宮崎駿大先生の口癖が「めんどくさい」であると、たまたま見たテレビ番組で知りました。
さらに「世の中の大事なことってたいてい面倒くさい」とも仰っている。

「めんどくせー」を積み上げた経験や実績が私の価値となり、その価値を必要としてくれる方がいる。
「めんどくせー」が「ありがとう」に変わる。
あら、意外と「めんどくせー」も悪くないものなのね!
こう思うと過去の自分を肯定することができました。

「面倒くさかったらやめれば?」
「うるせえな」ってそういうことになる。

プロフェッショナル仕事の流儀 宮崎駿氏

(うん、これからも私は「めんどくせー」を積み上げていこう!)
そう思えるようになったのです。

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