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シナリオ・プランニングで社会課題解決の事業化を考える【後編】

【前編】では、都市化の問題を例に「社会課題という大きなテーマを事業化の対象にできそうな(扱いやすい)大きさの課題(=サブテーマ)に切り分けるプロセス」を見てきました。

【後半】では、シナリオ・プランニングを使って社会課題解決の事業化を検討する手順を見ていきます。


シナリオ・プランニングとは

シナリオ・プランニングとは、将来に起こるかもしれないシナリオ(通常は複数のシナリオ)を描いて、そのシナリオに基づいて自社の戦略や状況への対策案を考える手法のことです。

1970年代初頭にロイヤルダッチシェルがシナリオ・プランニングによる将来予想に基づいて戦略を策定し、それによってオイルショックを乗り切ったというエピソードが広く世の中に知れ渡るようになるとともに、シナリオ・プランニングという手法そのものも有名になりました。つまり、かなり昔から使われている手法ということです。

シナリオ・プランニングは厳密な数値による精緻なシミュレーションではなく、文献や外部専門家へのヒアリングで集めた情報を関係者が(経験値と常識と知力を駆使しながら)解釈して、将来の起こりうるシナリオ(こんな状況が出現し、こういうことが起こるのではないか、ということ)を描き出すという手法です。

古い手法ではありますが、関係者を巻き込みながら解釈に基づいて将来を予想するシナリオ・プランニングは「VUCA(Volatility:急変性・不安定性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)」の時代にマッチした手法だといえます。

社会課題解決の事業化検討のためのシナリオ・プランニング

シナリオ・プランニングにはシェルが行ったような標準的な方式を含め、実施者が少しずつ改変した方式が複数あります。以下では、事業化を検討するためのニーズ予想までを含めたシナリオ・プランニングの進め方を【前編】で取り上げた都市化の課題の1つである「高齢者向けモビリティ」を題材にして見ていきます。
(一般的なシナリオ・プランニングは、自社事業を起点に考えますが、社会課題について考えるシナリオ・プランニングは社会起点で考えるので、一般的なシナリオ・プランニングの進め方とは異なる部分があります)

まず、進め方の全体像ですが、図表1を参考にしてください。

図表1

図表1を見ていただくとわかるように、テーマを決めたらいきなりシナリオを作成するのではなく、まず事前の調査を行います。このときに気をつけるべきことは、自分たちに都合のいい情報だけを集めない、ということです。

シナリオ・プランニングでは関係者が情報を解釈して将来のシナリオを描きますが、このとき自分たちに都合のいい情報ばかりを集めると解釈に歪みが生じます。都合の悪い将来であってもきちんと描くことで将来を現実主義的な観点から予想し、それによって対策の有効性を高めることがシナリオを作成する大きな目的の1つです。

当然、調査なしに都合のいい情報と思い込みだけでシナリオを描いてはいけないわけで、自分たちに都合の悪い情報も含めて多角的に情報を収集してからシナリオを描く必要があります。

調査の進め方は、まずはデスクトップ・リサーチを行い、そのテーマに関するキーワードや論点を理解して問題の概観をつかみます。調査の過程で外部の専門家や関連するセミナーやシンポジウムの情報が得られますので、専門家にヒアリングを行ったり、セミナーに参加したりして活字では得られない情報を集める作業も重要です。

必要に応じて、問題の発生している現地に赴いて実際に困っている人や問題となっている状況を観察し、可能なら関係者の話を聞くと良いでしょう。どの段階で実施するかは別にして、現地調査は事業化を検討する上で避けては通れないプロセスです。

事象を書き出して整理する

調査を行ってテーマに関連する情報を収集したら、その情報に基づいて「将来に起こりそうな事象」をポストイットに書き出します。その上で、図表2のようなマトリクスを使って「起こりそうな事象」を整理します。

図表2

図表2では「高齢者向けモビリティ」について、重要だと考えられる「免許の返納」と「自動運転」という2つの軸を決めて「2✕2」の4つの状況を設定しています。その4つの想定状況に対して「起こりそうな事象(ポストイットに書き出したもの)」を「それが最も起こりそうな状況」のマス目に貼っていきます。マス目の境目に貼ってあるものは、どちらの状況でも起こりそうな事象です。

ここで書き出す「事象」は、基本的にどんなものでもかまいません。「こんな製品が流行している」というものでもいいですし、「こんな社会になっている」というものでもいいです。「こういう人たちが取り残されているかもしれない」という曖昧な記述でもかまいません(曖昧な記述は、その記述内容が重要だと判断されれば、改めて調査を行います)。

まずは関係者がマトリクスを理解して、共通の「見取り図」に基づいて事象を分類することが重要です。
(シナリオ・プランニングの期待効果の1つとして「将来に関する新しいパースペクティブ(展望)を持てるようになる」というものがありますが、図表2のマトリクスやこの後に登場するシナリオ記述のフォーマットを使うことで、関係者が共通の、そしてこれまでに持っていなかったパースペクティブを持つことが可能になります)

事象を記述したポストイットを図表2のマトリクスに貼る目的は、関係者がイメージを共有するとともに、記述漏れがないかを確認するためです。このステップを省略しても次の図表3のステップを行ってシナリオを作成することはできますが、このような情報整理をすることで、社会課題という馴染みの薄いテーマについて関係者が理解を深め、共通のパースペクティブを持つことは視座の高さ、視野の広さを獲得するという意味で企業にとって大きなアドバンテージとなります。

発生可能性と影響度で事象を分類する

図表2のマトリクスによって情報を整理・理解したら、次に行うのは、発生可能性と影響度に基づく事象の分類です。これは図表3のようなマトリクスを用いて行います。

図表3

このステップでは、「将来の大きなトレンドを形成する重要な事象」と「企業の戦略判断に影響を与える重要な事象」に注目します。この2種類の事象群は、この後に見るシナリオの作成において重要な意味を持ちます。

シナリオを作成する

発生可能性と影響度の視点で事象を分類したら、いよいよシナリオを作成します。シナリオの作成は、はじめに「ベースシナリオ」を作成し、その後に「個別(詳細)シナリオ」を作成するという順序で行います。

図表4

図表4を見ていただくとわかるように、ベースシナリオは図表3の「将来の大きなトレンドを形成する重要な事象」に基づいて作成されます。同様に、個別(詳細)シナリオは図表3の「企業の戦略判断に影響を与える重要な事象」に基づいて作成されます。

図表4の例では、事象「5」、「7」、「9」は(ほぼ)確実に起こることとして想定されています。ですので、高齢者向けモビリティの将来像のベースシナリオはこの3つの事象によって形づくられます。

このベースシナリオを基にして、ベースシナリオに「1」や「4」あるいは「6」や「14」の事象が加わった場合、高齢者向けモビリティのあり方はどのように変わるかを考えたものが個別(詳細)シナリオです。個別(詳細)シナリオの作成では、場合によっては、「1」と「6」が同時に起こった場合の高齢者向けモビリティのあり方のようなケースを想定することもあります。

ニーズを予想する

最後に、これら将来の個別状況においてどのような高齢者向けモビリティ・サービスやその関連製品が必要とされるかを考えます(図表5)。

図表5

ここまでくると、企業としても「それなら、こういうことができそうだ」とか「ちょっと、これは難しそうだ」とか「これはウチには関係ないな」とか「これは○○事業部でやったらいいんじゃないか」みたいな話ができるようになっているはずです。

新たなパースペクティブを獲得する

ここまでで、ひとまずシナリオの作成は終わりです。ここから先は個別の開発課題になりますが、シナリオ作成からいきなり事業開発や製品開発にいくことは少ないと思います。

実際には、作成したシナリオに基づいて自社で取り組めそうな事業や製品の企画を考えます。そして、出てきた複数の企画案を関係者(経営幹部、企画部門、技術部門、営業部門など)が協議・検討して、実際の開発プロジェクトのテーマを決定します。

社会課題の事業化検討のためのシナリオ・プランニングの最大の目的は、社内の関係者がテーマとして取り上げた社会課題に対して理解を深めること、また将来の社会や市場、産業、ビジネスについて従来とは異なる新たなパースペクティブを獲得することだといえます。

VUCAと言われる時代において将来に関する自社なりのパースペクティブを持つことができる。それだけでも、シナリオ・プランニングを行う価値はあるでしょう。

まとめ

以上、【前編】、【後編】に分けて社会課題というものをどのように考えるのか、そして社会課題解決の事業化のためのシナリオ・プランニングをどう進めるのかについて解説してきました。

【前編】では、シナリオ・プランニングの事前準備でもあるデスクトップ・リサーチの雰囲気を理解していただくために、都市化の問題を題材にネット上で得られる情報を紹介しながら、社会課題の概観をどのように捉え、理解するかを見てきました。

元々知っていた情報もありますが、この記事を書くためにわざわざ調べた情報もあります。多少の抜け漏れがあってもかまわないと割り切ってしまえば、ある程度の情報は1時間もあれば集めることができます。というか、取っ掛かりのキーワードをいくつか見つけてしまえば、1時間あればかなりの情報をあつめることができます。

ChatGPTやBardに情報収集させても良いでしょう。

不確実な将来を予想するときには、情報そのもの以上に未来の世界・社会・産業を考える視点・論点と情報の解釈が重要になります。AIに情報収集させることで先入観なく多様な視点や情報が得られるなら、積極的にAIを活用すべきです。
(ただし、不正確な情報をつかまされないために、きちんと裏取りの再検索をする必要があります)

注意していただきたいのは、問題を総論的に理解しすぎないということです。総論的理解を別の言葉で言い換えるなら「抽象的な理解」となります。

調査を進めると権威のある学術的な文献を読み込むこともあります。そのような文献には「一般化された問題」あるいは「一般解」が書かれていることも多いです。

しかし、抽象的な理解は全体像の把握や本質をシンプルに理解するには良いですが、ソリューションを考える段階では。ターゲットの個別具体的な状況に対する深い理解とそれに対する「個別解」が必要になります。
(もちろん、はじめは個別解を深掘りして、徐々に応用範囲を拡大することで一般解に近づいていくということはあります)

農村の過疎化の例で言えば、この問題へのアプローチは一言で言ってしまえば「農業の高度化」ということになります。総論的理解はそれで良いのですが、細かく見ていくと実態は国ごと、地域ごと、あるいは村ごとに異なるはずです。

ですので、ターゲットを決めてソリューションを考えるためには、どこかの時点で総論的理解から離れて、個別具体的な理解のために調査や検討を重ねる必要が出てきます。そうしてこそ、困っている人の側に立った有効なソリューションを提供することができるはずです。

今回、私はこの記事を書くためにデスクトップ・リサーチ(ネット上の文献調査)をしましたが、企業が実際に事業化を考える際には、このようなデスクトップ・リサーチに加えて、ターゲットになりそうな地域に出向いて、現地現物で状況を確認することが望ましいといえます。

【後編】では、シナリオ・プランニングの進め方(特に、社会課題の解決に焦点を当てたシナリオ・プランニングの進め方)を紹介しましたが、他の戦略ツール同様、シナリオ・プランニングもそれだけで事業の成功を保証するものではありません。この記事で何度も書いていますが、シナリオ・プランニングの期待効果の1つは、見えにくい将来に関して自社なりのパースペクティブ(展望)が持てるようになるということです。

自社なりのパースペクティブが持てれば、何か想定外の変化があっても、事前に持っていたパースペクティブを起点に「この現象は、つまりこういうことなんだろう」とすばやく理解できるようになります。つまり、さまざまな角度から複数のパースペクティブを持つことは企業の状況対応力を高めることにつながるということです。

また、今回はシナリオ・プランニングという手法を使いましたが、事業開発を含む事業戦略において重要なことは、手法の理解よりも思考法を身につけることです。手法やフレームワークはあくまでも思考を助ける補助具にすぎません。

コンサルティングの現場では、シナリオ・プランニングやその他の手法(フレームワーク)を使うこともあれば、手法に頼らず徹底的に議論やアイデア出しをして、それを即興で作った手作りのフォーマットにまとめることもあります。

VUCAの時代には「これをこうやったら正解が出る」という方法はないと思った方がいいです。むしろ、「面白そうだから(やってみたいから)ちょっと考えてみよう」とか「これ、ウチでできそうじゃない?」というきっかけで検討を始めて全然かまわないと思います。

大事なことは、社内の関係者が(あるいは、場合によっては社外の関係者も一緒に)将来のイメージを共有することです。それも、ありきたりな将来像ではなく、自分たちで考えた将来像(シナリオ)を共有することが大事だと私は考えています。

似たようなベクトルで考えていたはずの関係者が、重要な部分のイメージを共有できていないことで協働作業が行き詰まるということは、部門横断プロジェクトなどでは意外と多いものです。そういう事態を防止するためにも、今回紹介したシナリオ・プランニングを社内で実施していただくことは有効だと思います。

社会課題解決の事業化に取り組みたいと考えている企業のみなさんは、事業化の本格的な検討に先立ち、将来の社会や産業についての共通理解を関係者の間で深めるためにも、ぜひ社内でシナリオ・プランニングを実施してみてください。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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