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シナリオ・プランニングで社会課題解決の事業化を考える【前編】

ESG経営やSDGsという言葉が広く知られるようになり、社会課題の解決についてビジネス界でも関心が高まっているようです。一方で、「関心はあるけど、何にどのように取り組んだらいいのかわからない」という企業もたくさんあります。

「社会課題解決型事業」という言い方がありますが、営利企業が行う事業である以上は収益化をめざすべきだと、私は考えています。おそらく、企業のみなさんもそのように考えていて、だからこそ「どうやったら収益化できるのか?」と悩むのだと思います。

そこで、今回はシナリオ・プランニングという手法を用いて「社会課題解決の事業化」を考える方法を解説してみようと思います。社会課題という馴染みが薄くて検討の取っ掛かりすらない、という会社もあると思います。そのような場合でも、シナリオ・プランニングを行うことである程度の見通しを立て、事業化を検討すべき課題を絞り込むことが可能になります。

長くなりますので【前編】と【後編】に分けて解説します。

【前編】では、社会課題という大きなテーマを事業化の対象にできそうな大きさに切り分けるプロセスを見ていきます。話が抽象的にならないように、都市化の問題を題材として取り上げ、「とりあえず、はじめはこのぐらいの視野で見ておいて、そこからシナリオ・プランニングで将来シナリオを作成する領域に当たりをつける」というプロセスをみなさんと共有します。

その後【後編】で、具体的に社会課題解決の事業化の検討にシナリオ・プランニングをどのように活かしていくのかを解説します。


社会課題の例:日本と世界の都市化

社会課題の例として、都市化の問題を見ていきます。

ほとんどの読者の方は、日本では都市化が進み、同時に過疎化が進んでいることは理解されていると思います。

では、日本の都市化はどれくらい進んでいるのでしょうか?

少し古いデータですが、総務省の資料によると「戦後、人口20万人以上の都市に居住する人口の割合は大幅に増加し、総人口の過半数がこれらの都市に居住している(昭和22年15.3%⇒平成27年53.1%)」ということですから、昭和22年(1947年)から平成27年(2015年)までの約70年間で、国民に占める都市居住者の割合は約3.5倍に増えたことになります。
(総務省「広域連携が困難な市町村における補完のあり方に関する研究会(第1回)」資料7より[https://www.soumu.go.jp/main_content/000452793.pdf])

この都市化の傾向は世界的に広まっています。国連経済社会局(Department of Economic and Social Affairs: DESA)が発表した「World Urbanization Prospects:The 2018 Revision」によると、「1950年には世界人口の30%が都市部に住んでいたが、2018年にはその比率が55%になった。そして、2050年には世界の全人口の68%が都市に住むようになる」と予測されています。
(United Nations Department of Economic and Social Affairs “World Urbanization Prospects:The 2018 Revision” [https://population.un.org/wup/publications/Files/WUP2018-Report.pdf])

おもしろいのは、1947年と1950年、2015年と2018年でそれぞれ3年の差はありますが、日本の都市居住者の割合は1947年に世界平均(1950年)の半分程度だったものが、2015年には世界平均(2018年)と同程度まで高まったという点です。これは、戦後日本が急速に都市化したことを示すととともに、その都市化の速度は世界平均と比べると年率換算で1.5倍程度速いということを示しています。
(上記の数字を基に対象期間68年間の年平均増加率を計算すると、日本は年率1.34%のペースで都市居住者の割合が増え、世界平均は年率0.9%のペースで都市居住者の割合が増えていることになります)

日本でも世界でも都市化が進んでいることはわかりましたが、その都市化は生活者にとって、そしてビジネスにとってどのような意味を持つのでしょうか。特に、都市化によって発生する問題にはどのようなものがあるのでしょうか。
(嫌らしい言い方ですが、問題が発生するということは、その解決策にお金が支払われる可能性が高くなるということです)

都市化の問題点

都市化は利便性や効率性の観点からは生活者にとってもビジネスにとっても良いことが多いといえますが、一方で問題もあります。たとえば、都市化が進むと以下のような問題が深刻化すると懸念されています。

・交通渋滞、交通インフラの需要に整備が追いつかなくなる。
・エネルギーや水など「生きるために必要なもの」の需要が一極集中する。
・騒音や大気汚染など、生活環境が悪化する。
・人が集まることで犯罪が増加する。
・犯罪防止のために監視システムを強化することでプライバシーが侵害される。
・都市内部での物流量が急送するが、物流サービスが対応できなくなる。
・都市の住宅価格が高騰する、あるいは住宅の絶対数が不足してスラムができる。
・高所得者と高所得者にサービスを提供する低所得者の間で格差が広がる。
・生産人口が都市に集中することで相対的に農村人口が減り、食料の自給率が低下して食料安全保障が脅かされる。
・人口が密集することで災害に対する脆弱性が高まり、多くの人が災害リスクに晒される。

上記の問題には、日本のような先進国で重大視される問題と途上国で重大視される問題が混在しています。また、同じ問題でも先進国と途上国では意味合いや解決策のベクトルが変わるものもあります。

たとえば、インフラについては先進国の場合は新設の問題よりもメンテナンスが課題になるケースが多いと思われます。一方、途上国の場合は、明らかにインフラが不足しているので、インフラの新設が課題となるでしょう。
(実は、輸送に関わるインフラなどは公共投資を減らしてきたせいで日本は他の先進国と比較するとかなり遅れを取っているという見方もありますが、ここでは途上国との比較という意味でご理解ください)

また、これも広義にはインフラの問題になるかもしれませんが、ゴミ問題は都市化の進展によって大きな問題となるでしょう。これも先進国ではリサイクルような「ゴミを資源として、どう活用するか」ということが課題になるのに対して、多くの途上国では「どこに捨てるのか」というゴミ処理のキャパシティーが問題になるケースが多いと考えられます。

インフラ問題やゴミ問題という同一のキーワードでも、問題の性質も求められる解決策も異なるということです。つまり、ターゲットをどこに設定するかで、自社に適した事業機会が見つかる可能性も変わってくるということです。

日本における問題の例:高齢化する都市

日本の場合、都市化と高齢化の問題は密接に結びついています。ここでは、「免許の返納」、「医療・介護」、「空き家」の3つの視点で日本の都市化と高齢化の関係を見ていきます。

まず、免許の返納ですが、地方での生活にとって自動車はなくてはならない必需品です。高齢化に伴って免許の返納が進むと、地方で生活できなくなる高齢者が増えます。当然、都市部における「高齢者に優しいモビリティ」が社会的に求められるようになると考えられます。

また、高齢者の都市部への移住は、2つ目の問題「医療・介護」の問題を引き起こします。地方で生活できなくなった高齢者は便利な都市部に住むことになりますが、都市部に高齢者が増えることで医療・介護体制が追いつかなくなる可能性があると懸念されています。

高齢者の割合は地方の方が都市部よりも圧倒的に高いのですが、高齢者の絶対数は元々の人口が多いということもあり、都市部の方が多くなります。
(都道府県別の高齢者の絶対数と高齢化率については、内閣府の以下の資料が参考になります。[https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_1_4.html])

東京大学 高齢社会総合研究機構 機構長の飯島勝矢教授によれば、「(都市部の)高齢化問題はこれまでの地方圏の対応・対策の延長だけでは限界にきている」とのことです。つまり、過疎による相対的な高齢化が進行した地方での高齢化対策と高齢者の絶対数が増える都市部の高齢化対策では、対応策の考え方を根本的に変えないといけない、ということでしょう。
(飯島教授の見解については、経団連の以下の資料を参照しました。[https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/0912_11.html])

当然、この分野での新たなソリューションが求められるはずです。

最後の問題は「空き家」です。

高齢者はいつか亡くなります。上記の飯島教授によれば、日本の年間死亡者数は2039年に最大となり、その数は165万人と予想されているようです。死亡者には高齢者以外も含まれますが、165万人のうちの6割(つまり、99万人)が85歳以上の「超高齢者」と見積もられているそうです。

この高齢者は多額の資産を保有しています。その中には当然、不動産も含まれます。一説によると、高齢者の所有する不動産は2020年の時点で約80兆円あり、それが2040年には108兆円にまで増えるそうです。
(この数字については、三井住友信託銀行の以下の資料を参照しました。[https://www.smtb.jp/-/media/tb/personal/news/2022/pdf/20220323.pdf])

この不動産が問題です。

死亡者が増えるということは、住人のいなくなった家、つまり空き家が増えるということです。そして、都市に高齢者が増えるということは、都市部での空き家が増えることを意味します。

空き家であってもきちんと管理されればいいですが、そうでない場合、不法占拠など犯罪の温床になりかねませんし、日本においても都市のスラム化が急速に進行する可能性があります。

この問題に対しては、目先では防犯ビジネスの需要が高まりそうですが、抜本的な解決策があれば大きな需要があるでしょう。

自治体や大手デベロッパーが主導する街づくり全体を見据えた構想の中に組み込まれるような製品やサービスを提供するのか、個々の住宅に対応した比較的個人でも購入しやすい製品やサービスを提供するのか、事業の方向性は大きく2通り考えられそうです。

途上国における問題の例:インフラ不足と農村の過疎化

途上国での都市化の問題はインフラ不足が大きいと考えられます。ゴミ処理や排水処理が追いつかず、水や空気が汚染され、それによって健康被害が拡大することが懸念されます。

犯罪の増加も予想されています。都市には物資とお金が集まり、また富裕層も都市に集中するので、都市化によってそれを狙った犯罪が増える可能性が高くなります。

また、忘れてはならないこととして「農村の過疎化」があります。都市化の背景には工業化があります。企業城下町という言葉があるように、大企業の周りには人が集まり、都市を形成します。都市が形成されると、そこに集まった人を対象にしたサービス業が発達します。

そうやって、都市が1つの経済圏として機能するようになると、仕事の機会を求めてさらに都市に人が集まるようになります。

その都市に流入する人はどこから供給されるのかというと農村です。農村から都市に人が移動することによって、農村では農業の担い手が減ります。これは私たちが日本で経験したことですが、途上国でもそれが起こっているようです。
(以下は古い資料ですが、10年近く前にすでにアジアの農村の高齢化と過疎化について議論されていたことがわかる資料です。「農林水産省 平成14年度 第2回 農業農村整備部会 国際小委員会」配布資料5 [https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12367417/www.maff.go.jp/j/council/seisaku/nousin/seibibukai/kokusai_syoiinkai/h14-2/pdf/data5.pdf])

上記の農水省の資料によれば、東南アジア諸国の中でもマレーシアやタイなど1人あたりGDPで上位の国々では、すでに農村の過疎化・高齢化が進んでいます。

経済発展は工業化によって実現します。工業化によって資本と技術への投資が容易になり、労働者1人あたりの富の生産量が増えるからです。結果として労働者の実質所得が増え、それに伴って消費も増えるので、それがサービス業を盛んにするというわけです。

工業化によって都市化が進み、国の経済は豊かになるのですが、それ同時に農村の過疎化(衰退)という現象を引き起こします。企業が都市化の問題にアプローチしようとするならば、都市そのものに目を向けるアプローチもありますが、都市の問題とは裏腹の関係にある農村の問題に目を向けるというアプローチもあるでしょう。

【前編】のまとめ

ここまでいくと、シナリオ・プランニングを行って課題を事業化の検討に適した大きさに切り分けられます。そして、その切り分けた課題に関して人々が持つニーズを考え、必要とされそうな製品やサービスを議論するところまで持っていけそうです。

というところまでで、【前編】は終わりです。

続く【後編】では、シナリオ・プランニングを使って社会課題解決の事業化を検討する手順を解説します。手順をイメージしやすいように、【前編】で見た都市化の問題の中から都市における「高齢者向けモビリティ」を取り上げ、シナリオ・プランニングの進め方を解説しますので、興味のある方はぜひ【後編】もお読みください。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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