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新たな価値を生み出す「両利きの経営」のススメ 第2部 新事業創出に向けたアプローチ

今回も、「新たな価値を生み出す『両利きの経営』のススメ」のご講演をいただいた五藤宏史様にその内容を詳しくご紹介いただきます。
第1部では、「中小企業における両利きの経営」の成功に向けた取り組みのポイントの解説をいただきました。第2部では、「新規事業創出に向けたアプローチ」について解説いただきます。

1.自社の「見えない資産」の把握

自社の強みに関する認識とそれに基づく戦略は、企業の大小を問わず、経営の基本となっています。経営資源に制約のある中小企業では、その重要度は特に大きいと言えるでしょう。もし、強みを正しく認識できていなかったら、探索活動(新規事業の発掘)は間違った方向に進みかねません。

ここで、一つの事例を紹介します(出典:「2020年版 中小企業白書」中小企業庁)。 

有明産業(株)(京都市、従業員35名、資本金4,000万円)は、もともと酒造メーカーからの業務請負による洋樽の製造・販売を主な事業としていました。しかしながら、2004年の労働者派遣解禁に伴って、業務請負事業の売り上げがなくなり、売上高はピーク時の20億円強から、2008年度には2億円まで落ち込みました。
こうした中、現社長の小田原信行氏(当時専務)が、京都商工会議所主催のセミナー「知恵の経営」に参加したことが転換点となりました。中小企業診断士や経営支援員のアドバイスを得て、「洋樽は『調味料』として、お客様である酒造メーカーの製品価値を何倍にも高めることができる」と気が付くことになります。「洋樽は衰退産業」との認識が、「磨きあげれば1番の強みとなる」方向へ変わったのです。
焼酎などの蒸留酒は、樽によって色や香り、フレーバーが異なるため、調味料としての機能があります。そこで、樽の焼き加減、材料の変更によって、調味料としての提案を行い、方向性の転換と事業の拡大を実現したのでした。

上記事例では、第三者のアドバイスを得て自社の強みを発見したことによって、探索活動の成功につなげることができたと言ってよいでしょう。
自社の資産や強みについて多角的に考えること、潜在的な可能性まで含めて考えることの重要性を示唆しています。
 
ここでは、強みを多角的に捉える材料として、知的資産について説明します。
会社の経営資源となる資産は、財務諸表に表れる「目に見える資産」と「目に見えない資産」に分けられます。後者の「目に見えない資産」とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等を指します。これは知的資産と呼ばれ、「強みの源泉」となるものです。「目に見える資産」に制約のある中小企業こそ、「見えない資産」をよりしっかりと把握・活用することが重要と考えられます。
 
知的資産は下記の3つに分類することができます。

図表1 知的資産の3分類
(出典:「中小企業のための知的資産経営マニュアル」(独)中小企業基盤整備機構)

 強みを正しく認識するためには、この観点を活用して、知的資産を棚卸しすることが有効です。
棚卸では、経営者以外の観点も含めて行うのが良いでしょう。人は、自己の経験や知識などをベースに判断します。しかしながら、それらはそもそも限られた範囲に限定されている上に、自分で気づかない偏見が潜んでいたりします。また、自分が長年やっている「当たり前なこと」には改めて注目しない傾向があり、強みの見落としにつながる可能性があります。それらを排除するため、自社に対して客観的にアドバイスできる人に入ってもらうのです。
本パート冒頭の事例は、まさにその効果を示すものでした。

棚卸では、会社の沿革、業務の流れ、部門の特徴等、社内に目を向けるだけでなく、仕入先や取引先、パートナー等、対外的な資産をにらみながら、行うことが重要です。

◆バックキャスティング

資産ベースで将来を構想する際に、注意しておきたい点があります。
資産とは、主に過去の取り組みにおいて蓄積されたものであるため、そこをベースとして将来目標を考える(フォアキャスティングの考え方)と、発想が過去の延長線上になりがちで、時代にマッチする革新的な発想を得られにくいことです。

そこで取り入れたい考え方が、バックキャスティングです。バックキャスティングとは、「未来のあるべき姿」からゴールを設定し、そこに到達するための課題解決を逆算して考えていく思考法です。地球規模の課題を提示する「SDGs」は、この考え方に基づいています。

図表2 バックキャスティング

 バックキャスティングによれば、未来に向けて高い壁を乗り越えようと知恵を絞るため、イノベーションにつながりやすいという特徴があります。
探索の方向性検討にあたっては、バックキャスティングの考え方を加え、両面からのアプローチによって多様なアイデアを創出し、最も適切なものを選択していくことがよいでしょう。

「4. 経営をデザインする基本戦略」では、バックキャスティングを取り入れた新規事業構想のツールとして、「4-1.経営デザインシート」を御紹介します。

2.イノベーションへ向けた考え方

見えない資産を把握した上で、組織としてイノベーションに取り組んでいくには、どのような姿勢で進めていったら良いのでしょうか?

書籍「小規模組織の特性を活かす イノベーションのマネジメント」(水野由香里著、碩学舎)では、100を超える「ものづくり中小企業」経営者へのインタビューなどを通して得られた、イノベーションを実行する組織における共通点を挙げています。

内部マネジメントに関する基本的姿勢・組織特性としては、「本業で利益が出ているうちに次の事業の柱を探す」、「チャンスをつかむ経営者の意識」、「業務の上流/下流に目を向ける」、「挑戦し続ける組織風土」を挙げています。
また、対外的なマネジメントについては「筋が良いステークホルダーとの良好な関係性構築」が挙げられています。「筋が良いステークホルダー」とは、イノベーションのきっかけや成長の機会を提供してくれる顧客や取引先、地域の他の中小企業、研究機関、支援機関、地域自治体などを指しています。
 
以下に、内部マネジメント・共通点で注目すべき「挑戦し続ける組織風土」、対外的共通点に関連が深い「顧客とつながる」「パートナーとつながる」について、詳しく述べることとします。

◆挑戦し続ける組織風土

ここでは関連する事例として、筆者が以前に支援した企業を紹介します。

(株)横引SR(東京都葛飾区、従業員18名、資本金500万円)は、横引きや水平引きのシャッター、門扉を設計・製造・販売する会社です。
この会社の特徴は、「顧客の要望に応じて、常識では考えられないシャッターの開発にチャレンジし、実現していること」です。
例として、「世界最長の横引シャッター」など、ギネス記録の保有が挙げられます。ギネス記録の横引シャッターは、福島県須賀川市役所に設置されたシャッターであり、長さ53.737メートルと、何とも気が遠くなる長さです。メリットは、その間に柱を設ける必要がなく、市役所のスペースを有効活用できることです。
イノベーションの実現には、理由があります。この会社では、市川慎太郎社長のリーダーシップのもと、「挑戦し続ける組織風土」が醸成されているのです。
具体的には、顧客に対して「他社でできなかったこと、できないことの相談」を積極的に受け付けているうえ、社内で「できない」を禁止語にして業務に取り組んでいます。そして、あらゆる角度からアイデア創出、開発、遂には実現に至ることを繰り返し、市場を拡大していっているのです。私は、イノベーションにおけるリーダーシップや「挑戦し続ける組織風土」の重要性を目の当たりにしました。

この事例について、知的資産の観点から考えるとどうなるでしょうか。
上記取り組みによれば、技術面で、簡単にあきらめていたら得られなかったであろう、知見や技術の蓄積(構造資産)を得ることができます。また、顧客面では「他社でできなかったこと」の実現によって、信頼度(関係資産)を増すことができます。

この会社は、「チャレンジする組織風土」(構造資産)によって、次のような資産を活用、育成しています。
・構造資産:技術蓄積、組織風土
・人的資産:モチベーション、スキル
・関係資産:顧客の信頼
「チャレンジする組織風土」によれば、既存の知的資産活用だけでなく、他の知的資産などを強化・育成することができるのです。
 
第1部では、中小企業の両利きの経営「4つの要素」を説明しました。上記事例における「4つの要素」は下記のようになり、各要素へ対応しています。

図表3 事例(横引SR)における「4つの要素」

◆顧客とつながる

新しい製品・サービスへのアプローチとして、マーケットインとプロダクトアウトという考え方がありますが、どちらの場合でも「顧客とつながる」ことには、重要な意義があります。

マーケットインとは、顧客の声に耳を傾け課題や要望を突き止め、それらを解決する製品を市場に投入しようとする考え方です。顧客としっかりつながり、良好なコミュニケーションが取れていると、新製品や新サービスへ向けた貴重な情報を得やすくなります。「両利きの経営」における「知の探索」の成功確率が上がるのです。
一方でプロダクトアウトとは、製品を提供する企業側が良いと判断した製品を市場に投入しようとする考え方です。

マーケットインにおいて、顧客は自分が商品を使用したり見たりした範囲内で課題を出すことが多く、未来志向や潜在ニーズの発想が出てきづらいという面があります。
より画期的なアイデアを創出するなどの理由で、プロダクトアウトのアプローチを行うケースもありますが、注意すべき点は、製品やサービスが顧客課題から離れてしまう可能性です。
顧客との間に良好な関係が築けていれば、アイデアに関する顧客課題とのマッチングを把握する際に、協力を得やすくなります。具体的には、機密保持に留意したうえで、構想に関するヒアリングや試作品の顧客テストによってフィードバックを得るとよいでしょう。

◆パートナーとつながる

探索活動(新規事業の掘り起こし)において経営資源の不足が問題になる場合、外部連携によって不足分を補っていく考え方は重要です。
ここでは、パートナーとつながる意義について、オープンイノベーションを例として述べます。

オープンイノベーションとは、外部の技術やノウハウを活用し、新しい技術開発や製品化・サービス化を実現することです。パートナー活用方法としては、技術・ノウハウを有する企業や大学・研究機関との共同研究開発、産学官連携での共同研究開発、国・地方公共団体による技術支援などが挙げられます。
 
一例として、図表4に大学・研究機関との共同研究開発による新規事業展開の効果(調査結果)を示します。様々な効果がみられる中で、特に「技術力の向上」、「利益の増加」、「人材育成」のポイントが高いことがわかります。

図表4 新事業展開により得られた効果(大学・研究機関との共同研究開発)
資料:中小企業庁委託「中小企業の成長に向けた事業戦略等に関する調査」
(2016年11月、(株)野村総合研究所) 2017年 中小企業白書

新規事業展開においては、探索活動を効果的に進めるために、外部パートナーとの連携は頭に入れておきたい観点です。 

3.既存事業と新規事業の連動

イノベーション企業の基本的特性・共通点において「本業で利益が出ているうちに次の事業の柱を探すこと」がありました。
本業で利益が出ている時期には、財務的に余裕があるため先行投資をしやすい上に、長期的な観点で本来行うべき事業を探索することができます。このため、既存事業と新規事業を効果的に連動させやすくなります。

こうした連動により驚くべき成果を実現した企業として、アマゾンが挙げられます。アマゾンの歴史を見ると、多くの「両利きの経営」の実践があったことがわかります。特に、ネット書店からオンラインスーパーへの展開(知の深化)、クラウド事業への進出(知の探索)は、その代表的なものと言えるでしょう。

第1部で紹介した日東電化工業の事例は、中小企業として「既存事業と新規事業の連動」を実現したものと言えます。

1990年代から、将来的に自動車のエンジンが電動モーターへ取って代わられると予測していた同社では、主力事業(防錆用のメッキ加工)の将来性に危機感を覚え、新規事業に着手したのでした。メッキ事業でのユーティリティや技術、化粧品ブランドのコンサルティング業を経て入社した茂田正和氏の知識等を活かし、2004年にヘルスケア事業部を立ち上げました。その結果、ヘルスケア事業は同社売上の18%を占めるまで成長しました。

(出典:「2017年度版 中小企業白書」中小企業庁)

上記事例の成功ポイントは、本業で利益が出ているうちに次の事業の柱をつくったことに加え、知的資産をうまく活用したこと、「4つの要素」の戦略構築、組織設計を効果的に進められたことが挙げられます。

図表5 事例(日東電化工業)のポイント

4.経営をデザインする基本戦略

4-1.イノベーションストリーム

オライリー教授とタッシュマン教授は、新規事業の領域や既存資源の活用方法などを決めるにあたってのフレームワークとして、イノベーションストリームを提唱しました(書籍「両利きの経営」)。

イノベーションをおこす際には、①新しい組織能力(新しい技術やビジネスモデルなど)を身につける場合と、②新しい市場・顧客の組合せに対応する場合があります。
イノベーションストリームは、イノベーションを組織能力と市場の2軸で分類、説明するものであり、4つ方向性(領域)から構成されます。ここで組織能力については、わかりやすくするために単純化し、技術と置き換えて説明します。
上記書籍では4つの領域を領域A、B、C、Dとしていますが、ここでは「既存型」、「多角型」、「新技術開発型」、「新市場開発型」とします。

図表6 イノベーションストリーム

 「既存型」とは、既存技術の深耕・拡大により新しい製品・サービスを既存市場に提供するものです。これは、「本業の稼ぐ力」を高めるものであり、新規事業となるものではありません。
「新技術開発型」は、既存の市場・顧客に新しい技術を開発、活用して、新しい製品を提供します。新市場開発型とは、新しく開拓した市場に既存の技術を使って新製品を提供していくやり方です。
「多角型」とは最も破壊的なやり方であり、新しい市場と新しい技術の両方を開発、活用して新しい製品を提供します。

新規事業に取り組むにあたって、限られた経営資源の中で、どの領域に照準を合わせるべきでしょうか。

進出領域の検討においては、企業の全体戦略との整合性、既存資産の活用度、リスク等を踏まえて、ビジネス成果を最大化できる領域を選択することになります。
一般的に中小企業では、既存の資産を活用しやすい「新技術開発型」、「新市場開発型」が検討の中心となるでしょう。既存資産の状況によっては、日東電化工業の事例のように、多角型の可能性もあります。

探索領域の絞込みにおいては、イノベーションストリームの各領域と自社の資産を照らし合わせながら、どの領域で競争優位を築けるか、自社にベストか、といった観点から考えていくことが重要です。

4-2. 経営デザインシート

新規事業を構想するにあたっての有効なツールとして、経営デザインシートを紹介します。
経営デザインシートとは、「環境変化を見据え、自社の『これまで』に基づき『これから』を構想するための思考補助ツール」であり、内閣府が提供するものです。

経営デザインシートの構成と特徴を下記に示します。

図表7 経営デザインシート

【構成】
環境変化に耐え抜き持続的成長をするために、「自社や事業の(A)存在意義を意識した上で、(B)「これまで」を把握し、(C)長期的な視点で「これから」の在りたい姿を構想する。(D) それに向けて今から何をすべきか戦略を策定する」構成となっています。

【特徴】
◆外部環境変化への対応
「これまで」と「これから」の外部環境を見据えた上で、「これから提供する価値」や課題を構想する内容となっています。
◆知的資産の把握
「これまで」と「これから」の価値創造メカニズムにおいて、自社の資源を記載する欄が設けられています。この欄は、使用できる「有形資産」「無形資産(知的資産)」「他者の資産」を記入するものであり、見えない資産や強みの活用を促すものとなっています。
◆バックキャストの考え方
「これからの価値創造メカニズム」において、上部の矢印の向きが「これまで」と逆(左向き)「資源←ビジネスモデル←価値」になっています。将来構想にあたって、「経営資源より提供価値を先に考えよう」というバックキャストの考え方が取り入れられています。
◆戦略のデザイン
自社の資産活用、価値創造メカニズム、解決策といった基本的な戦略に必要な要素が盛り込まれています。
◆企業理念/事業コンセプト
この欄の検討は、「4つの要素」の共通ビジョン策定・浸透につながっていくものです。

WEB上では、経営デザインシートの活用事例が多く紹介されています。
例えば、(一社)首都圏産業活性化協会ホームページでは、企業の経営デザインシート事例に加え、作成・活用コメントが動画で紹介されています。
参考にされては、いかがでしょうか。

以上のように、経営デザインシートには、1部から2部を通して解説してきた「中小企業の両利きの経営4つの要素」「見えない資産への把握」など、「両利きの経営」成功へ向けた重要要素が多く盛り込まれており、活用が望まれるところです。


(執筆者:五藤宏史 五藤コンサルティングオフィス 中小企業診断士)
1987年 早稲田大学大学院・理工学研究科修了後、キヤノン(株)に入社。海外企業との協業によるプリンター開発、製品プロジェクトマネジメントに多数携わった。(2製品は社長賞受賞)。経営戦略・事業計画策定、創業支援、製品開発、マーケティング等が専門。現在、コンサルティング、研修講師、執筆活動等を行っている。
 


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