新事業を成功に導く『稼ぐ力』の重要性
はじめに
皆さんは「両利きの経営」をご存知でしょうか?
両利きの経営は2016年にアメリカのチャールズ・A・オライリー, マイケル・L・タッシュマン氏他により提唱された理論で、2019年に日本で翻訳版が発行され大きな話題を呼び、現在に至っても様々な場面で取り上げられています。
本理論は、「主力事業の絶え間ない改善(知の深化)」と「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」を両立させることが重要であり、成功を収めた大企業が新興企業に敗れ低迷する「イノベーションのジレンマ」の処方箋として、近年注目を集めている理論です。
この理論のひとつひとつは決して新しい考え方ではなく、むしろごく当たり前のことなのですが、その当たり前を全体最適としてバランスよく繋げて考えるという点が新しい視点です。とても共感できる視点です。
「現場力」の重要性を再認識する
現在進行中のデジタル技術を核とする大変革、それがものづくり企業にとって最も大きな転機となっています。デジタル技術の活用を促進しつつ、ものづくり企業が持つべき現場力や目標を見失うことなく、日本のものづくり競争力を維持・向上させていかなければなりません。
従来から、中産連ではものづくり企業を中心に、ものづくり経営の現場力強化を支援してきました。現場力は、日本のものづくり経営において非常に重要な要素であることは広く認識されています。しかし、最近のデジタル技術による創造的な破壊により、現場力の重要性が軽視される傾向があることを様々な場面で感じるようになりました。
デジタル技術は手段であるにも関わらず、その利便性や効率性、斬新性に魅了されてしまい、本来大切にすべき要素や目指すべき姿を見失っているケースがあります。
2つの具体例を紹介します。
ある中堅の製造企業では、生産効率を高めるためにIot技術・ロボット・自動化装置等のデジタル技術の導入により、ライン効率が向上し労働力と時間の削減に繋がりました。
デジタル化によって、一部の作業は自動化され効率自体は向上しましたが、職人の手による熟練した技能・技術が疎かにされ、人の感性や経験による独自のアプローチが後退してしまいました。
結果として、以前にはありえなかった品質問題が発生し、お客様の評価を下げてしまうなど、当社としてのものづくり力の低下が懸念されています。
ある中堅の自動車部品メーカーでは、新たなデジタル技術を導入することに熱心でした。人工知能を活用した製造プロセスの最適化や自動運転技術の開発など、多くのプロジェクトに投資しました。
しかし、これらの技術が実用化までには長期間を要することがわかり、投資効果を思うように見いだせない状況になっていました。一方で、既存製品の地道な改善やそれらを元にした市場対応が後回しにされてしまい、結果的に収益の停滞や競争力の低下に追い込まれてしまっています。
『原点回帰の視点』に立ち、『新たな価値の創出』に繋げる
ここで言う『原点回帰』とは、時間軸として過去の時代に戻るということではなく、ものづくり経営として「本来大切にすべきことに立ち返り、常に変えるべきことと変えてはならないものをしっかり見極める」という意味です。
『新たな価値の創出』とは、「これまで培ってきた自社が持つ独自の競争力のもと”稼ぐ力”をさらに強化することで見出す新たな価値づくり」と、その「稼ぐ力を元手に新たな事業を創造し続けることで得られる新たな価値づくり」という考え方があります。
企業が現状維持から脱却を図るには、経営者がこの2つのバランスの良い戦略を持つ事が必要です。これらの考え方は、冒頭にご紹介した「両利きの経営」の書籍の理論を踏まえています。
世間では、新事業の創出に関する話題がクローズアップされています。それは足元の現場力の強さ、いわゆる『稼ぐ力』あってこそのものです。『稼ぐ力』の再認識と強化を怠ってはいけないのです。その実践の方法については今後皆様に具体的にご紹介していきます。
おわりに
技術力に関しては、世界的に優れていると言われている日本ですが、課題の一つとしてその技術力をビジネスとして展開する力の弱さが挙げられています。
日本の企業は、技術開発に注力する一方で、市場や顧客のニーズに対するアプローチが不十分なことがあります。その結果、競争力の低下や海外企業による技術侵略が起こっていると指摘されています。また、デジタル技術の急速な進化により、日本の伝統的な産業や製造業が脅かされているという意見もあります。
しかし、精緻さや品質の高さを特徴とする日本の技術力は、長年にわたる努力と経験の積み重ねから成り立つものであり、一朝一夕に失われるものではありません。日本のものづくりのDNAは、先人から受け継がれ進化し続ける可能性を秘めていると筆者は考えています。
(執筆者: マネジメント開発事業部 生産・業務革新推進部 牛田)
トヨタ式の考え方を基本に、企業の経営トップから組織・現場に至るまで、体質強化や人材育成を目的にしたコンサルティング・研修を行っています。
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