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自宅周辺の公園は一昨日の夜から花びらが散っているのが目立つようになってきた。
咲き始めてからほぼ2週間。
桜の季節はそろそろエンディングに向かっている。
暦も本日から4月。
いつの間にか冬が終わり春が来て、そしてこの1ヶ月で一気に初夏に向かって走り出す。
4月はなにかと忙しい季節ではあるものの、私の今、出向している会社は12月決算であるし、特に大きな変化はない。
3月1ヶ月間だけリモートワークを禁止していたがそれも今日から再度解禁になるので、オフィスもまた人が減るだろう…くらいか。
ただ単に桜が散り始め季節がうつろうというだけだ。
今までと違いこれだけ多くの桜を毎日の通勤時とそれ以外の時間、眺めることができた春は初めてだし、何事もなく3月から4月を迎えるのも初めてかもしれない。
ふと、このまま、私自身の会社員人生というのも季節がうつろうようにもうすぐ散っていくのかなと思ったりもする。
先般の出向元の異動を見ていたら、明らかにあのまま私が残れていたら…と思う内容であったが、それは今さら言っても仕方がないし、それに対する悔しさも一瞬だけでそれ以上、何も思うことはない。
人生そんなものであるし、実際、今は毎日が楽しいことは紛れもない事実だからである。
人生100年時代、いろんなターニングポイントがあり、そのポイントでうまくライフシフトしなければ生きられないような時代に入ったかもしれない。
そういう意味では絶好のオポチュニティを与えてもらっているような気がするし、それを生かさない手はないだろうとも思う。
もう一花咲かせたい、咲かせたかった…的な古典的な想いもないわけではないし、クソしょーもないことで転けさせられただけで、これかよ、みたいな想いも完全に拭えたわけではないかもしれないが、そんな単純なものでもない。
出向元に対する想いを全て捨て去るつもりで今、生きているが、100%それができているのかといえば、そうでもない。
意識の奥底では知らず知らず、まだまだ心は出向元に呪縛されているのかもしれない。
そう言う気持ちを断ち切るには、やはり、どこかの時点で出向元から完全に離脱するしかないのかもしれないなぁと思い始めている。
いつかいつかと思っているといつまでもやらない。
いろんなことを整えてから…と思っていると、たぶん一生流されて、最終的にどこかで完全な戦力外通告を受けるまでしがみつくのだろう。
しがみついている間は生活面ではそれなりに安定するのだろうが、それで面白いのか?
だったらこっちから、と思える時点で、と思うが…。
その勇気を長年振り絞られずにいた。
その勇気を絞れるようなメンタルになりつつあるがやはり生活面だけはそれで生きていけない。
なので早急に複線化の道筋をと焦るも何も具体策は出てこない。
いずれにせよ、愚図愚図してばかりではそれこそ後悔するだろう。
何かを始めないと。

散っていく桜の花を見てセンチメンタルになっているだけかもしれないが「散り際の美学」みたいなものをそれなりに考えないと、散ってズタボロに泥まみれにされるより綺麗に川の上に浮かんで花筏のように違うところに流れて行きたいなとも思う。
人が羨むような人生を生きたいとまでは思わないがせめて奴は楽しく生きれてハッピーに見えるな、みたいな生き方だけはしたいなと。
そしてそれは自分のために。

散り始めた花びらを見てふとそんなことを考えた3月の終わりだった。

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