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私が大阪に行く理由


今思えば、何かときっかけがあった


初めて行ったきっかけは


当時、同居をしていた
岩手から何故か仕事をやめて東京にきた男を
居候みたいにさせていたとき


そのひとはアル中で、酔うと
訳の分からないことで怒り出す奴だった。


最初はそれでも家賃を半分払ってくれるなら
という最低な理由で住まわしていた

でも、当時彼は27だったが就活もせず
ただ日雇いの安いバイトでその日の生活費を
稼ぐのに手一杯らしく


夜中の2時半になっても帰ってこず
なんやと連絡したら大体公園とか川で酔い潰れ
寝ていたとかなんとか。

酒代とタバコ代だけは
譲れないと。

もちろん家賃の半分なんて
約束の期日に貰えることは無かった。

1回、生活費も匿うのには限界が来て
岩手に帰ってくれとお願いした事があった。


案の定大暴れ、罵声を上げて怒り狂うアル中。


私もこの時は強く
罵声を上げるなら罵声で貶し続けた。


そうしたら彼はキッチンにいき包丁を取り
自分の腕を目の前で思いっきり切った。


流血している。


ただその状態の彼を見ても


ああ、疲れる、面倒くさい


その感情しか浮かばなかった

私だって毎日低賃金な職場で
仕事をしている。自分で精一杯だし
なんなら他人に構ってる余裕など
今思えばなかったはず。


なんか私もプツンと糸が切れ
もういいや、好きにしなよ

と一言だけ投げて寝た。

確かそのあと彼は1度家の外へ荷物なしで
飛び出してき


さすがに死んでないよなと次の日冷静になった時
心配になってしまい連絡をした。


ドブ臭い匂いで帰ってきた。


宿に泊まるお金なんてないから、
川で寝てた。と


川、というかうちの近くに流れてるのは
恐らく用水路みたいなドブ川ですが。


そんなこんなで暫くしてまた事件は起こった。


酒に酔った彼は、トイレに行くといい
立ち上がると、洗濯機に用を足した。


その洗濯機の中には私の選択するはずだった
服が入っていた。


家賃を払わなくても、就職活動さえしなくても、
川で寝てドブ臭くても、家に住まわしていた
私が、今迄で1番キレた。


洗濯機におしっこしたことを指摘しても
彼は何変なこといってんの?おかしいんじゃない?馬鹿じゃない?おかしいのはゆんたんだよ?


とネチネチキレてるアル中も
私がじゃあこれはなんだと
洗濯機にあったおしっこまみれの服を
彼の顔にグリグリ押し付けた時


アル中はまた罵声を上げてキレた。


家にある奴に関係するもの全てを
岩手から来た時持ってきた大きいボストンバックに私が自ら詰めて、
出ていけと怒鳴り追い出し鍵も貰い
追い出した。

そのあとLINEも無視し続けた。

いまから電車に飛び込む、
死んでくる、今までありがとうごめんね

とLINEが着ていても、無視を押し通した。


とにかく無視し続けた。
感情は無かった。


私も今迄は普通の情ある人間だった。
きっとこんな言葉が飛んできたら
心配で返信したりするものでしょう。

さっきまでここに一緒にいた人が
次の日死んで、ニュースになるかも
と思ったら怖くなる。


私も今迄はそうだった


いや、でも逆に今迄が普通ではなかったのかも。
とこの時思った。


自分一人では生きて行けなくて、
どんな男でも一緒にいれば情がわくものだと
思って生きていた尻軽だったし

その私の自分の無さのせいで
散々怖い目にあってきたのもこのとき、
26歳のこの時、やっと気づいたのだ。


この男も同じ。
家賃を払ってくれると理由と、
1人でない安心感に縋って
結果、こうなった。


よく分からないけど、もしこの男が
本当に電車に飛び込み、死んで、
その理由をさぐった時私が警察に
お世話になったとしても


自分はそれでいいと思った。
26歳になるまでずっと
しっかり人このことも自分のことも
よく考えず、その時の情や寂しさに
惑わされ、よくわからんけど一緒にいて

勝手に病み、勝手に苦しみ続けてた
自分に対する制裁だと
受け入れよう。


そんな覚悟でいた


が、そんな制裁なんて下ることなど無かった


寧ろ制裁が下ったのはその半年後のお話


今だ。


ちなみに彼は死ぬことなく
新宿や渋谷をさまよいホームレスをしながら
日雇いのバイトをしていると
時間がたち、LINEが来ていた。

いつかばったり会うことがあっても
何も思わないだろうが。


寧ろ申し訳ないです。とさえ思う。


東京に住むと言われた時
常識人なら断固断るはず。


私はブログにつらつら辛かっただの
苦しかっただの今まで書いてきたが
全ては自分が悪人だったことに気づいた。


周りの人はこの1件を心配して
鍵変えなとか、引越しなとか
言ってくれたが、もしその男が
私を殺しに来たとしても
それが26歳までの制裁だから
受け入れることにしている。


すべてはどうでもいい


自分が大切だと思わなくなった。


でもこの時からなんとなく
成長できたきがする


こんな事があったあと、
私は大阪に一人旅をした。


続く

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