ちゅんちゃん

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マテウス・ロゼ~BY THE GLASS

 最後の一滴をあけたところで、その幽霊は現れた。  前から何か出そうだから家賃がべらぼうに安いんだ、と噂されていた我がマンションだったがついにこの時が来たかと思った。  だが、幽霊の風貌はちいとも恐くなかった。三十がらみの痩せた小柄な男で、白いシャツにソムリエの着けるような黒くて長いエプロンをしていた。 「何しに出たのよ、あんた誰よ」  と、私がグラスを傾けつつ尋ねると、男は青白い顔を上げてこう言った。 「…あなたはこの部屋でめでたく千本目のワインを開けました。マテウス・

    • ジェイ・スパークリング2000 ~BY THE GLASS

       海賊が主人公の冒険活劇映画を見た後で、タツヤはユウジとリューの三人で砂浜へ行った。  あと三十分もすれば、夏の海岸に遅い夕暮れが訪れる。マングローブの黒いまでの緑が生い茂る小径を抜ければ、其処に白いヴィラがある。島を反時計回りに回るのだ。  裸足の爪の間にさらさらした砂の抵抗を感じながら、不規則な三組の足跡が小さな崖を上って行く。黒い頭が二つ、夕陽色の茶色い頭が一つ、緑と白のコントラストの中を進んでいく。  ヴィラは一年ほど前に空き家になった。それまでは管理人がいて、時々見

      • トリッテンハイマー アポテーケ リースリング カビネット ~BY THE GLASS

        赤ワインは苦手だ。 飲んだ翌日かならず頭痛がするから。それでたまたま寄った酒屋でドイツの白ワインを買った。店のアドヴァイザーに薦められたのがトリッテンハイマー・アポテーケとかいう面白い名前のワイン。ドイツ語で「薬剤師」という畑で出来たワインだそうだ。  仕事の段取りもついて企画書の草稿が出来上がったので、軽く一杯と思って寝酒にワインを飲んだ。  仄かに甘く軽やかで、飲みやすくて美味かった。  翌朝、日課なのでパソコンのメールをチェックした。大学時代のゼミの同級生から二件、ス

        • オーパス・ワン2012 ~by the glass

           幕間の十分間。 「五分だけ時間を下さい。気合入れ直して来ます」  ルリはそう言った。額の汗を拭う私。私は全くルリの顔を見ていなかった。鏡張りの楽屋で、色とりどりの生花が噎せ返る様な香りを放っていた。その間にひっそりと置かれたワインボトルが目に付いた。  ボトルネックに青いリボン、誰かが公演祝いに持ってきてくれたのだろう。私はルリの背中とボトルを同じ視界に入れていた。 〔オーパス・ワン2012〕―誰もが知るカリフォルニアの銘醸ワインだ。確かに華やかな舞台には相応しいだ