見出し画像

まいちゃんのまいご

 ふと目を離したすきにパパもママも消えてしまったんだけど、ふと目を離したり、意識を手放して建物の外にまで飛ばしたりするようなことは、まいちゃんの日頃の癖だったし、そうしてても困るようなことはあんまし起きなかったので、これはまいちゃんと言うよりもパパとママの落ち度なの。

 いつもと違って人がいっぱいいるから注意しなさいよって言われて、だからちゃんと手を離さなかったし、おもちゃコーナーとかガチャポンとか見たくっても、勝手に走っていかなかったし、それなのに、ちょっと待っててって言ったのはパパの方で、それからまいちゃんが背中のところにあった案内板の、地図のお店を数えてて、いっぱいあるねって言ったらパパもママも別のおじさんとかになってて、まわりを見ても知ってる人とかいないし、旅行だからまいちゃんだけじゃ帰れないし、都会のショッピングモールはすっごく広くって、右にも左にも上にも広がってるから、まいちゃんの足じゃあ追いつけそうにないし、って思ってたところで、迷子センターの事を思い出した。

 迷子センターはすぐ近くだった。行き方もまいちゃんにはよく分かった。でも、それだけだとなんか、ちょっとたりない感じがした。あたりをもう一度よく見まわした。たりないときは、よく観察しなさいっておじいちゃんもよく言っていた。法被を着た店の人がティッシュを持っているのに渡しそびれてる。少し年上の女の子は風船を持ってるけどもう風船に興味がない。ベビーカーに手を振ってた男の人はその手でお尻のポケットに財布があるかを確認してる。ちがう。まいちゃんがなりたいのはそういうのじゃない。そうして動かないものに目が吸い込まれる。モールの中央の、噴水の真ん中の、動かない銅像。羽の付いた、たぶん天使か何かの、子どもの像。これだと思った。というより、なんか、ずっとそこにいて、かわいそうだなと思った。それで、まいちゃんにたりてないのは、かわいそうだって気づいちゃった。

 噴水まで歩いていって、お気に入りの靴と、いちごの靴下を濡れないように脱いで手に持った。池にちゃぷんとつけた右足の先が冷たくて、これなら、かわいそうになれるって思った。ちゃぷん、ちゃぷんと前に進んで、池と噴水のちょうど真ん中あたり、いろんな人の目につきそうなところで、まいちゃんはかわいそうな気持になって、なるべく大きな声で泣いてみた。噴水池の上は五階のところまで吹き抜けで、スポットライトを浴びてるみたいな気分だった。店内放送が遠のき、何人かの人はびっくりして足を止め、まいちゃんの方を振り向いた。それ以外の人のことはどうでも良かった。知らない女の人が驚いた顔で、じゃぶじゃぶと水音を立ててこっちまで来て、まいちゃんを抱え上げて噴水池のほとりまで運んだ。迷子なの? と聞いてきたからうんと答えたら、そのままおんぶされて、迷子センターの方へと歩いて届けてくれた。

 迷子センターの大人たちも優しかった。三人くらい先客の子がいたけれど、みんな泣いてるまいちゃんを心配してくれてた。自分の名前と、年と、どこから来たかと、パパとママの名前をちゃんと言って、同じ内容を、大人の人がはっきりとした声で放送した。五分もしないうちにパパとママが駆け付けた。

 まいちゃんの作戦は大成功だった。まいちゃんは、これからも、こうやって生きて行けばいいんだって、思いかけていた。でも、迷子センターを出る直前に、まいちゃんの方をじっと見ていた別の迷子の子が、ぼそっと、つぶやいた。ねえ。くつ。脱いでたんだね。

 まいちゃんはそれで泣けなくなった。これからもこうやって生きて行かないといけないのかなと思った。名前も顔も、迎えが来たかもわからない子の、よく観察する目を、思い出しながら、これからも。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●「小説一時間チャレンジ」で一時間で書いたものです。
テーマ:迷子
字数:1532字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?