六枚道場1B


ハギワラシンジさん「朱色ジュピター」

 一人称小説を他者視点で読むかどうかは人によって感覚が分かれるとこだろうが、僕の場合、読んでいる間は主人公のつもりなので、ジュピタバコは「ある物」として違和感なく読み、ベーカーのことも「よく知っている」人なのであんまり追求しようとならない。ので振り返ってみると浅い読みになっていることはとても多い。ごめんね。
 とにかくこの作品はとても読みやすくて、しんみりして、高速で駆け抜けるところが痛快だった。舞台や小道具の飛躍に対してテーマは極めて普遍的なのではないかとさえ思う。
 その舞台選びがまた素敵。例えばニューシネマの名作「イージー・ライダー」に見えるような荒涼とした大陸風景と木星表面の薄茶色なガスの模様は不思議と親和性が高くて、木星の上で本作みたいな会話を繰り広げながらのロードムービーが展開されることに違和感が全くない。
 言葉選びのセンスもよい。全体的にこぎれいにまとまっていると言うよりも、はっと好きになれる言葉がたくさんある。「誰にもやらないんだ」とか「それは良いことだと思うよ」とか最後の「今そう決めた」とか、声に出して読みたいなと思う。コテコテのツンデレ・クーデレな訳でも、聖母のように真正面から微笑む訳でもなく、作者の扱う言葉には人間的な優しさのちらっと見える時があって、それが人間を好きにさせる。


一徳元就さん「メアリに書いて欲しかった」


 文章を読む際の読む側の補完というのは大きくて、実際はかなり破綻している構成や文章であっても、何かしらつながりを見つけてそこに物語のような物を見いだすことは出来る、と半ばかっこつけて思っていた僕が馬鹿でしたという感じの小説? です。難解、不条理、実験小説のいずれも、作品の文脈を読み取るための素養が(たぶん他の小説よりもたくさん)必要で、感想書くのも難しい。ひねり出したそれっぽい言葉は多分嘘っぽくなっちゃうので、なお難しい。難しい小説を読む時(ああ、素養がないんだ、知識も足りないんだ)と突きつけられることが多くて、だんだん辛くなってしまう。
 ところが! この小説は、そもそも「あなたには読み解きコードが不足してますよ」というメッセージが聞こえてこない。多分決定的な何かを読み飛ばしてるか、勝手に解釈を空回りさせているんだ。語り手は文章を書いているようなので、何やら不思議な展開や日常使わない節回しの部分はだいたい小説の内のことと思って読んでみると、なんだかすごい微笑ましい日常ばかりで急に距離感が縮まり、最初は難しいと思ったのに、最終的に好きになってしまった(混乱)。
 メアリは犬の名前かな。だったらいいな。同居人も犬のメアリも邪魔に入って、キーボードぐちゃぐちゃってなって変な文字打っちゃって、最後はやっつけになっちゃって、賞にも出せず「もうこんなことならメアリに書いて欲しかった」なんて。ちょっと読み方が飛躍している気もするけれど、なんというか(著者の真意は分からないけれど)そんなに難しく読むお話に思えなかった、そんな小説です。


 池亀大輔さん「ほのかに草の甘い香りがするコーヒー」

 自分も大概長い文になる方だから、という訳でもないですが、池亀さんの長い長い一文が好きなんですよ。ずっと安心して読んでいられて、読んでいられる内にいろいろなことを考え始めて悩む。悩む間もやさしいことばは繋がっているのでやっぱり安心している。
 読みにくい中に「さあ分かってみろ」と上から目線で待ち構えているような小説テーマは、鮮烈だけれどもそれだけで、テーマの過激さや鮮烈さも心なしか強調され、その分テーマの素朴さは割を食う。でも、世の中の大事な問題とか、人間にとって考えなければならない事って大抵、少なからず素朴な部分を持っていると思うんですよね。テーマは難しくてさが何かを表明することが難しい内容ではあるけれど、そういうことに思い至っている語り手はとても静かで、ウサギたちが黙ってその周囲にいる風景も小さくて、諸々の問題って、本当はこういう形をしているんだと思えます。少なくともTwitterとかで直接「動物が死んでるんですよ!」と言われるよりもずっと、ちゃんとした向きと形で頭に入ってくる。言葉を費やすことの意義がいかんなく発揮されていると思いました。


Bは尖った作品が多くて方向性も違うのだけれど、みんなそれぞれに優しさが滲み出ていて主人公たちを応援したくなる。という訳でやっぱり無責任に選ぶと、応援が届がないのは気持ちとして辛いので、1番そばに寄り添えそうな作品を選んだ。「朱色ジュピター」に一票。

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