六枚道場1C


夏川大空さん「六本木の紫陽花」

「カリフォルニアにも四季はちゃんとあって、それに気づかない人間が多いだけだ」みたいなジョーク? を聞いたことがあって(誰の言葉だったかしら)、それが思い起こされた。東京には意外と緑が多くて、初めて行ったときには驚いた。東京を箱詰めの人工都市にように感じるのは僕が根っからの地方人間だからで、その土地の人にとって当たり前の光景に注意が払われないのも当然といえば当然かも。でも「見ろ田舎者よ、都会にも紫陽花はあるんだよ」とばかりスマホで写真を撮っている一方で、もはや当たり前の風景になっているビル群だって誰かに建設され維持され管理されていることを意識できる人はどれくらい居るだろうか……とここまでのテーマはとても読みやすく分かりやすくて、すっと入ってくる。すっと入りすぎて少しだけ物足りない気もするので、もうちょっと頑張って読んでみる。
 この文章の強さはなんといっても最後の二段落。紫陽花という植物は葉を落とすが、花は枯れても落とさない。極端なときには綺麗な花が咲いている横で去年の花が枯れているといった有様です。だから「紫陽花の花がなくなったなぁ」と思ったとき、実は知らないところで誰かがちゃんと剪定している可能性がある。これが本作の中心のテーマに不思議と(意識的に?)一致していて素敵だ。また紫陽花には「花を付けた枝には翌年花が咲かない」という特徴もあって、成長力の速い枝が隔年で花を付ける事になる。こういう特徴は最終文「季節を待っている」に連なって、次々知らないうちに完成しては、昔から居たような顔をして知覚されなくなり、それでもやっぱり建っている都会のビル群にリンクする。花選びの優れた一作だと思う。


深澤うろこさん「箱」

熱狂の中で誰が誰の話だか、「私」が誰の過去なのだか、溶け合って行くようなすごみを感じる。ライブのハコのもみくちゃ具合と、かつておこった事との融合、理不尽の多い平穏と、それを解放するような会場の一体感が見事に対比されている。人称の揺らぎや「語られすぎない」様々の描写が効果的で、これが意図的だというのでうなってしまう。すごい。
 ゴトウやみさとや息子のことは、ライブに行っても完全には手放せないで、問題は彼らを絡め取って離さない。けれども会話の上ではそのことに触れる必要なんか全くなくって、むしろそれとは別な話をつかの間していられるからこそ救われるし、つながって居られる。こういう空間はサードプレイスと言って、実は自分の卒業論文のテーマだった。サードプレイスで注意しなければならないのは「それ自体は決して解決をもたらさない」ことで、彼らはきっと、ゴトウやみさとの問題をライブの余熱と一緒くたに抱えたまま、一人ずつ順番に、暮らしの中へ戻っていくのだろう。それはちょっと感傷的だけれど、反転させて読むと怖いことになる。かなり激し目の熱狂をライブで発散しなかった世界があったとして「私」は、みさとや、園長をどういうふうに受け止め捌いただろう。思わず立ち止まってしまう。
刹那的でありつつも大切な救いと、すんでの所で安全に抜けていく緊張の物語として読んだ。
 


あさぬまさん「脱兎」

 ちょうどこの感想を書いている今日、中高生の世界の見え方の話をしていた。子どもの頃にやったこと感じたこと、思ったことや選んだ道を、大人になってしまった自分がいくらそれっぽく思い出そうと再現しようとしても、だんだんその空気感を忘れていくのがなんとも惜しい。特に僕は中学生を主人公に書くことがほとんどで、この感覚の乖離はいずれ致命傷になる気さえする。
 本作はそこでもがいている僕を軽々飛び越えてクールによくまとめた一作だと思った。
 文章のほとんどが空気の描写と話の展開に割かれて、私の内心なんかほとんど語られないのがとても好ましく、六枚道場の六枚作品ならでは、という感じがする。この点は人によるのかな、分からないけれど。
 でも、なんだか分かる気がしませんか? 僕はすっごくした。べつに学生の頃、網をどうこうしたことはないのだけれど、なんとなく、「あー、わかるわ、なんか!」となってしまう。論理とか損得とかを飛び越えたところにある何かが身体を動かした時期は多かれ少なかれ誰にでもあって、この小説はそれを引き出す。事実、この主人公も自身の無軌道な子供時代を知っているから、フェンスのことについて「生徒がやったんでしょう」と言える。

「理由は書いていないけれど、それを具体化するのも無粋だけど、でもなんかわかる」その「わかる」を引き出すための小説だと読みました。


Cは落ち着いて上質な作品の群で(他のグループが比較して悪いわけではなく)、「いちばんよいと思った」がほんとに難しい。これまでは割と好みの分かれる小説が多くて、「僕は批評家ではないし、好みで選んじゃえ」とお茶を濁そうとしたのに、今回はみんな好みだ。迷ったけれど、自分の今後の作品に示唆を与えてくれた「脱兎」に一票。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?