広島市民はバナナ好きなのか？ 消費量全国トップの謎を追いかけました
広島市民、実は無類のバナナ好き？ 総務省の家計調査（都道府県庁の所在地別）によると、広島市は２０２０年のバナナの消費量、金額ともにトップでした。名産地でもなく、バナナを使った名物があるわけでもない…。謎を追うと、見えてきたのは広島特有の「地の利」でした。（服部良祐）
広島のバナナ消費量 全国トップ！
広島市のバナナ消費量は２０２０年、１世帯（２人以上）当たり約２３・９キログラム。最下位だった静岡市の約１・５倍もある。この１０年で８回トップ１０入りしており、偶然でもなさそうだ。
本当に売れているのだろうか。ゆめタウン広島（広島市南区）のバナナ売り場を訪ねた。手頃な１房２００円台から１本６００円台の高級品までずらりと並ぶ。この日は１２種類もあった。広島県民なら当たり前の光景かもしれないが、東京出身の記者は意外な量と豊富さにびっくり。
売り上げも抜きん出ている。ゆめタウンを西日本で展開するイズミ（東区）によると、広島県内の平均販売額（千人当たり、２０２０年１２月～２１年１１月）は四国エリアの約１・３倍。九州エリアより６・４％、イズミの全店平均と比べても２・０％多い。
青果なのに「加工」に秘密？
ただ、その理由となると、青果大手や小売りの各社に聞いてもなかなかはっきりしない。バナナのほとんどはフィリピンや南米からの輸入で、地産地消されやすい国産果物とは違う。「なぜ地域差が出るのか」「分かったら教えて」と逆に聞かれることも。
取材を重ねる中でたどり着いたのが、バナナの加工会社だ。青果なのに「加工」とは少し変に感じるかもしれない。だが、バナナ独特の流通形態にどうやら糸口がありそうだ。
広島市西区の広島バナナは、市内に出回る商品の７、８割を扱っているという。神戸港から届いた青く硬いバナナに、倉庫でエチレンガスをあてて熟成させる。これが「加工」だ。そうして黄色に近い状態になってから小売りなどに卸す。
輸入バナナは未熟な状態で日本の港に届く。店頭に並ぶ前に必ず集まるのがこうした各地の加工会社だ。現在、広島市には３社ほどしかない。しかし、かつては多くの加工会社が集まるバナナ流通の一大拠点だったそうだ。
日本バナナ輸入組合（東京）で、業界の歴史に詳しい人物を見つけた。事務局長の明石英次さん（７２）。１９８０年代、青果大手の社員として広島をはじめ西日本でバナナの販売に携わった経験を持つ人だ。
その明石さんによると、戦後の最盛期には、広島市内に中国地方全体の半数以上に当たる約２０社の加工会社があったという。「供給量が多く、自然と価格競争や販促が盛んになり、バナナを食べる文化が定着した」と見立てる。
神戸港と門司港に挟まれた「地の利」
ただ中国地方最大の消費地という利点があったとはいえ、輸入港のない広島に加工会社が集まったのはふに落ちない。「鍵は立地では？」と話すのは、広島バナナ営業部の面高大樹さん（４１）。記者と一緒に悩んでくれた一人だ。
面高さんの推測はこうだ。バナナの主な輸入港は東京、神戸、門司など全国に８カ所。広島市は神戸港と門司港のほぼ中間に位置する。そのためバナナが神戸と門司の両港から届けられて大量流通するようになったのではないか。
かつて広島を代表する加工業者だった企業からも似たような証言を得た。カットフルーツの加工・販売を手掛ける広島西山青果（広島市西区）。その３代目社長、上原達治さん（６７）だ。
広島西山青果は、昭和の初めに上原さんの祖父が広島で創業した。戦後の最盛期には、中四国地方にバナナを出荷していたという。広島が選ばれた理由は正確には伝わっていないが、上原さんも「地の利説」を推す。
倉庫で熟成させたバナナの賞味期限は長くない。高速道路のなかった時代は、長距離の運搬に今より時間がかかった。そこで中国地方のどの県へも比較的便の良かった広島で加工する利点を見いだしたのでは、とみる。上原さんは「広島はいわば、バナナが必ず経由する地だった」と推測する。
高速道や冷蔵技術の発達によって青果を遠くまで運ぶのが容易になると各地で加工会社は減っていった。広島西山青果も上原さんの代で撤退した。広島のバナナ人気の背景には、もう忘れかけられている食品流通の歴史があったようだ。
ほかにも諸説あり
ということで、広島のバナナ人気の理由は、「立地」の影響が強いと思われる。しかし、取材の中では他にもさまざまな「異説」が寄せられた。バナナと広島を結びつける諸説を紹介する。
▽移民・戦争説
青果大手のドール（東京）によると、日本にバナナが輸入され始めたのは１９０３年。当時日本の統治下にあった台湾から、厳密には「移入」されていた。戦後はエクアドルなどの中南米、フィリピンからも輸入されるようになった。
ドール・マーケティング部の大滝尋美さんは「広島の人たちが海外との縁でバナナをよく食べるようになったのでは」という仮説を挙げる。例えば移民だ。広島県は計約１１万人と、全国最多の移民を海外に送ってきた。主な移住先の一つは中南米でバナナの産地と重なる。移民やその親戚たちを通じてバナナを食べる文化が広島に輸入され定着したというわけだ。
「社内では『第５師団説』が出回っている」。ゆめタウンを展開するイズミ（広島市東区）の担当者からはそう耳打ちされた。戦前、広島市で編成された旧陸軍第５師団のことだ。太平洋戦争時にはマレー半島などバナナの産地にも出兵した。復員した元兵士たちによってバナナを食べる習慣が持ち込まれたとの説だ。
▽「高級果物の産地」説
地場卸などから寄せられたのが「広島は主に高級フルーツの産地だから」説だ。確かに三次ピオーネや呉のミカン「いしじ」など、広島県名物の果物には贈答に使われる高級品が少なくない。一方、輸入品のバナナは年間を通じて安く、価格が安定している。安価で大量に供給される地元産の果物が意外と少なく、日々、気軽に食べる果物としての地位にバナナが収まったというわけだ。
ただ「広島市の人は、そもそも高級な果物を好んで買う傾向がありバナナ人気とは関係ない」（ＪＡ広島果実連）との反論も。実際、小売り各社に聞くと、バナナに関しても広島では廉価品だけでなく高級タイプもよく売れていた。
青果を扱うプロたちにとっても疑問が尽きなかった広島のバナナ人気。バナナの皮をむくように簡単には解けない謎を通じて、広島の食文化の奥深さを知った。