「ドライブ・マイ・カー」地元記者が巡って再発見したロケ地の魅力【後編】広島ベイエリアと瀬戸内の島々
米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した村上春樹原作の映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)。広島のロケ地を巡るミニトリップは、広島のベイエリアや瀬戸内の島々へと続きます。(馬場洋太)
◆宇品かいわい(広島市南区)
広島ロケは、広島湾に面した宇品・出島地区(広島市南区)でも繰り広げられました。このシーンは、広島港近くの広島みなと公園から広島国際フェリーポートにかけての道路で撮影されました。
このアングルの映像も登場します。正面に見えるのは広島港国際コンテナターミナルで貨物の積み卸しに使われるクレーン。「キリンさん」と呼ぶ市民もいるとか。
俳優の高槻(岡田将生)が宿泊したホテルは、広島湾を一望するグランドプリンスホテル広島(広島市南区)です。
エントランスの印象的な造形もスクリーンに映ります。
高槻(岡田将生)と家福(西島秀俊)が語り合うこのシーンは、ホテル内のラウンジで撮影されました。
ライトアップされたアーチ型の橋は広島南道路(広島高速3号線)。グランドプリンスホテル広島の駐車場からの夕景です。映画後半の重要なシーンの舞台となります。正面の山は、桜の名所で知られる黄金山です。
広島高速3号線の仁保ジャンクション(JCT)付近。映画では夜のシーンが印象的です。
黄金山の中腹から見た仁保ジャンクション(JCT)。映画でもこのアングルのカットがあります。このほか、宇品地区に近い「翠3丁目3番」交差点も、ハプニングが起こる場面で登場します。
◆安芸灘とびしま海道(呉市)
広島演劇祭の練習期間、家福(西島秀俊)が滞在拠点としたのは、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島(呉市豊町)の御手洗地区です。映画のセリフでは、広島から「1時間ほどのところ」と紹介されますが、実際には広島市内から最低でも1時間半はかかるのでご注意を。写真のつり橋は安芸灘大橋。有料道路なので、普通車で730円の通行料がかかります。
安芸灘大橋の手前にある料金所の近くには展望台があり、映画と同じアングルで安芸灘大橋を一望できます。手前が呉市の本土、対岸が下蒲刈島。江戸時代には広島藩公認の海駅が設けられ、参勤交代の諸大名や朝鮮通信使も立ち寄ったという歴史のある島です。この下蒲刈島から東へ、順に上蒲刈島、豊島、大崎下島と連なるルートが「安芸灘とびしま海道」です。
映画にも出てくる豊島大橋を渡るシーンです。上蒲刈島と豊島を結ぶこの橋が2008年11月に開通したことで、豊島と大崎下島が呉市の本土とつながりました。
豊島大橋の上で、ロケ地巡りをしているというご夫婦に出会いました。
映画にも出てくる豊島大橋の上からの眺めです。呉市在住というご夫婦は、安芸灘とびしま海道が(尾道と愛媛県の今治を結ぶ)瀬戸内しまなみ海道の陰に隠れがちなのを残念がり、「ドライブ・マイ・カーのヒットをきっかけに脚光を浴びるといいですね」と期待していました。
家福(西島秀俊)が広島演劇祭の期間中に滞在した、大崎下島の御手洗地区です。ここも下蒲刈島と同じく、古くから瀬戸内海航路の寄港地として栄えた港町です。
御手洗の海辺で撮影された公式ポスター。地元の人によると、駐在所の前がロケ地だといいます。
右が駐在所。町並み保存地区にマッチした和風の造りです。
ポスターの撮影地はこの辺りでしょうか。海を隔てた向こうは愛媛県今治市。中央左のにょきっと突き出た岬は岡村島の「観音崎」です。この島から今治まではフェリーがあり、四国へとドライブを続けることもできます。
御手洗の町家から眺めた対岸の岡村島。家福(西島秀俊)もこのタイプの町家に宿泊しました。
家福(西島秀俊)が物思いにふける夜のシーンです。
家福(西島秀俊)の赤いサーブも、このようにして多島美の中を駆け抜けたのでしょう。
◆西風新都・広島高速4号線(広島市安佐南区・西区)
ここは広島市安佐南区の西風新都。1994年に広島県内で開かれたアジア大会を機に開発が進んだエリアです。サッカーJ1サンフレッチェ広島の本拠地、エディオンスタジアム広島が有名ですね。映画の主人公、家福(西島秀俊)はある日、演劇祭のコーディネーターに自宅での夕食に招かれ、道すがら西風新都を通ります。人気のハンバーガー店や自動車のディーラーが立ち並ぶ石内北交差点も映りますよ。家福が招かれたお宅は、山に分け入った湯の山温泉(広島市佐伯区湯来町)の一角にあります。
家福(西島秀俊)を乗せた車が帰り道に通るのが、西風新都と広島市中心を直結する広島高速4号線の西風トンネルです。長さ約4㌔。濱口監督はトンネルの暗がりや単調さを逆手に取り、運転席のみさき(三浦透子)が過去を打ち明ける長いセリフを配しました。心の距離が少し縮まったとき、広島の夜景が二人を出迎えます。
記者も幾度となく通っているこの道。「雪国」(川端康成)の書き出しの逆で、西風新都が曇りや雨なのにトンネルを抜けると、嘘のようにからりと晴れていることがあります。この魔法のようなトンネルを、物語を加速させる舞台装置として使った脚本作りの妙に膝を打った広島市民も多いことでしょう。
このトンネルは有料道路ですが、路線バスでも通ることができます。広島バスセンターまたはJR横川駅から花の季台・こころ団地方面行きに乗り、沼田料金所前で下車。逆方向の広島バスセンター行きのバスで折り返せば、「ドライブ」を追体験できます。
◆東広島市の「くらら」
物語の終盤、東広島市西条栄町の東広島芸術文化ホールくららも登場します。ただし、映るのはホールの中だけです。
家福(西島秀俊)がステージ上で演技を披露するこの場面が、くららで撮影されました。
◆新天地公園(広島市中区)
広島市中心部の盛り場にある「新天地公園」。映画は、ここで高槻(岡田将生)が起こすある事件によって急展開を迎えます。
新天地公園の内部はこんな感じですが、スクリーンには映りません。その理由は、映画の後半で明かされます。
◆安公民館(広島市安佐南区)
映画の中で「広島北警察署」の看板を掲げるのは、広島市安佐南区の安公民館です。警察署になりうる中規模の建物があり、撮影に適した比較的広い駐車場もあることからロケ地に選ばれたそう。公民館の社会教育主事、為政久雄さんは「フィルム・コミッションから依頼があり、映画の内容を詳しく知らないままロケ隊を受け入れたら、西島さんが来られてびっくりしました」と笑う。
安公民館の駐車場で家福(西島秀俊)が、みさき(三浦透子)にある提案を持ち掛けるシーンです。
公民館の駐車場のフェンスには、ファンが記念撮影を楽しめるようにと、俳優たちが立った場所を知らせるポスターが貼ってあります。当然ながら、駐車場が満車の場合はご遠慮ください、とのことです。
家福(西島秀俊)が立った場所を示す足形のシール。みさき(三浦透子)が立った場所にも貼られています。
安公民館では4月末までドライブ・マイ・カーのパネル展が開かれています。火曜日休館です。
西島秀俊さんの直筆サインも飾られています。2020年12月1日、この安公民館での撮影が最後の広島ロケとなりました。新型コロナウイルスの感染拡大で、残る韓国ロケが無事にできるかどうか分からなかった段階。公民館の為政久雄さんによると、濱口竜介監督は円陣を組んで俳優やスタッフをねぎらい、言葉に詰まりながら「必ず完成させますから」と誓ったといいます。
広島ロケの映画のみならず、日本映画史にも金字塔を打ち立てつつある「ドライブ・マイ・カー」。濱口竜介監督のフィルターを通してみると、地元に住む者も忘れがちな広島の風景の豊かさ、歴史の重みに気付かされます。みなさんも新たな発見を探しに、ロケ地巡りの小さな旅に出てみてはいかがでしょうか。