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原爆ドーム近くでオオサンショウウオの「救出劇」。立ち会った記者は「干からびたらどうしよう‥」

 このまま干からびたらどうしよう…。ハラハラしながら、国の特別天然記念物オオサンショウウオと長時間にらめっこすることになるとは。広島市中区の本川(旧太田川)で4月7日夜に保護されるまでの「救出劇」に立ち会った。5日に原爆ドーム前の元安川に姿を現した個体の「再発見」かもしれないと現場へ。水のない岩場をのったり動く1㍍近い容姿を見つめながら記者(27)は祈った。「どうか生きてくれ」(下高充生)

早業の救出劇に息をのむ

 現場に張り付いてから4時間が経過しようとしていた。4月7日午後9時20分ごろ、広島市安佐動物公園(安佐北区)の職員はオオサンショウウオの所在を確かめると、岩の隙間に手を突っ込んだ。なんのてらいもなく首の辺りをつかむ。引っ張り出した。まさに早業だった。

 水を張った衣装ケースに移された個体はあまり動かず、安心しているようにも見えたし、少ししょんぼりしているようにも思えた。即座に確認した全長は93・9㌢。50年は生きていると見られるそう。記者よりもずっと年上だ。

騒動の始まりはTwitterの投稿

 記者にとってのオオサンショウウオ騒動は5日に始まった。廿日市市の女性(34)が投稿したツイッターがバズっていた。オオサンショウウオが原爆ドームと一緒に写っているカットは一気に世間の関心を集めた。先輩記者から「現場に行ってきて」と言われて駆け付けたが、さすがにもう姿を消していた。太田川を管理する国土交通省の職員や淡水生物研究家たちに取材して、その珍しい両生類のことは忘れるはずだった。

原爆ドーム近くで目撃されたオオサンショウウオ(読者提供)

さすがにもうおらんだろう‥と思ったら

 とはいえ、6日も7日も、出勤の途中にはつい川を凝視してしまった。まだ、おるかもしれん。職業病かと心配したが、ツイッター上でも「探しに行った」という人がいて、不思議な連帯を感じた。「さすがにもうおらんだろう」。職場でもそんな雰囲気が流れ始めた頃の「再発見」だった。場所は中国新聞本社から約30㍍。ああ灯台下暗し―。

通り掛かりの会社員男性が「再発見」

 「通報」してくれたのは通りがかりの会社員男性(広島市西区)だった。知らせを受けた7日夕、編集局は騒然となった。「今度こそ」と午後5時半ごろ、カメラマンと駆け付けると、ちょうど岩の隙間に入るところだった。どうしたらいいのか? 相手はうかつに触ることもできない特別天然記念物。何も分からないので広島市に報告した。すると「いつ誰が見つけたんですか」「どこで」と矢継ぎ早に質問が。大したことは聞かれていないのだが、慣れない「逆取材」に戸惑った。

岩の隙間に入り込むオオサンショウウオ。尻尾が見える

 オオサンショウウオはというと、岩と岩の隙間にこもってしまい、中で多少移動するくらいだった。頭の方にいると警戒するかなと思い、少し離れた尻尾側で待機していたが、互いに動きがないまま時間が過ぎた。

右から2人目が私

岩の隙間から出てこない‥

 午後8時ごろには、文化財(天然記念物も文化財に近いものらしい)を担当する広島市文化振興課の職員4人が、保護のため到着した。しかし岩と岩の狭い隙間に入り込んでおり、捕獲を試みるもうまくいかない。相手は結構大きいこともあり、職員は「滑りやすく、人間でいう腰みたいなところがなくてつかめない」と困り顔を浮かべた。救出中に岩で体が傷つくことも恐れていたようだ。

オオサンショウウオの保護を試みる広島市の文化振興課の職員たち

潮が満ちたら‥苦手な塩水が心配

 そうこうしていると、潮が満ち、水位が上がってきた。水が入れば浮力で脱出できる可能性がある半面、いつもは淡水で生息しているオオサンショウウオは海からの塩水にさらされる。腎臓がやられる恐れがあるという。時間との闘いになっていた。本社からも「まだか」と電話が入る。記者にとっても嫌な時間との勝負になっていた。

 そして応援に駆け付けた動物公園職員による冒頭の救出劇とあいなった。さすが、専門職。あっぱれなレスキューに感嘆した。

かわいくない‥でも愛着がわいた

 本物のオオサンショウウオを間近で見たのは初めてだった。でかい。そしてあんまりかわいくない。でも、4時間も一緒にいたからだろうか。愛着がすごくわいてきた。

 多くの県民にとっても、オオサンショウウオは大事な存在らしい。発見のニュースを受けて、ツイッターなどでは心配する声や「広島にはオオサンショウウオはたくさんいますよ」などの書き込みが相次いだ。

オオサンショウウオの形のこんにゃく 作ったことあった

 「オオサンショウウオのこんにゃくがある」という話題も盛り上がっていた。実は会社の研修の一環でなぜか、オオサンショウウオの形のこんにゃくを作った経験がある。広島市佐伯区湯来町で作られ「きもかわいい」と人気のこんにゃく。本物は想像より大きく、かわいいというより「川の主」感が強かった。

広島市佐伯区湯来町で商品化された「オオサンショウウオこんにゃく」

 一夜明けた8日も、あいつはどうしているだろう、と気になった。動物公園に聞くと、動きがやや弱いという。うーん、心配だ。広島市は体調を見ながら、今後川に帰すかどうかを判断するという。どうか健康になって、清流太田川に戻ってほしいと願うばかりだ。

なぜオオサンショウウオが下流にいたのか

 今回の取材は、身の回りの自然について考えさせられるきっかけになった。そもそもなぜ、いつもは山あいの清流に生息するオオサンショウウオが下流に現れたのか。東広島市でオオサンショウウオの生態調査をしている広島大総合博物館(東広島市)の清水則雄准教授に聞いてみた。

 清水先生は「大雨が降った時季に本来の生息地から流され、何らかの要因で最下流部まで移動したのではないでしょうか」と推測する。豪雨による流出は東広島市や岩国市などでも確認されているそうだ。一度下流に流されると、川に築かれたせきが元のすみかへと帰る障害になる。乗り越えて上流に戻るのは困難なのだ。

 清水准教授は、今回のケースは、頻発する豪雨がオオサンショウウオの本来の生息地を奪っていることを明らかにしたと指摘する。「貴重な日本の固有種をどう守るか、保護モデルの研究を進めたい。市民の方にも今何が起こっているのか関心を持ってほしい」と訴える。今回のオオサンショウウオ騒動は、豪雨をもたらす地球温暖化や開発の問題と密接に絡んでいるのかもしれない。