「ハーフなのに話せないの?」コンプレックスだった過去と克服した現在

どうも、れーかです。

前回の記事で軽く触れましたが、私は日中ハーフではあるものの中国語がわからないまま大きくなり、大学の第二言語をきっかけにやっと中国語の勉強を始めました。大学1年の7月頃からどんどん中国語にのめり込んでいった私ですが、去年の12月まで、現実でもTwitterでも、ハーフであることをなるべく隠してました。ハーフであるのに中国語がわからないことがコンプレックスだったからです。

幼い頃って、なんかハーフって特別感があってカッコよく思えて周りに言いたくなるじゃないですか…。でもハーフであると言ってしまうと、自然な会話の流れで高確率で「ハーフだから中国語ペラペラなんだよね?何か喋ってよ!」みたいなことを言われてしまいます。でも仕方のないことですよね…私もハーフの人を見つけたら同じようなことを言ってしまう気がします。

そして全然中国語ができない私は周りからがっかりされてしまうわけです。バカにされることもありました。

それが本当に辛くて、小学校中学年の頃から自分の母が中国人であることを隠すようになりました。友達の間で家族の話題になると、余計なことを言ってしまわないようによく適当に誤魔化したものです。

そして小学校5年生までは数年に一度は母の帰省について行っていたのも、中学生になってからは反抗して行かないようになりました。中国・中国語と距離を置きたかったのです。

それから長い時間が経ち大学生になった私は、必修で第二言語を取らないといけなくなりまして…。頑なに長期間中国・中国語から距離をとってきたので親にバレる恥ずかしさもありましたが、漢字を使うなら他の言語よりはテストが楽そうだなんてことを考えてあえて中国語を選択しました。(今考えればこの選択がその後を狂わせたんですね…)

その後たまたま授業担当になられた先生から色々と影響を受けて「中国語をちゃんと勉強してみたい」と思うようになり、それから自ら望んで中国語を勉強するように。

今でこそ一つの情報として、自己紹介等で堂々とハーフであることを言えますが、昔はやはりそうもいきませんでした。「ハーフなのに話せないことで周りにバカにされたら嫌だなぁ。」そう思い、必要最低限の場以外では、ずっと周りに内緒にしていました。でも隠すのもそれはそれで辛かったんです。なんか、周りに嘘をついているような気がして罪悪感があって…。

でもこれ、簡単に解決策が見つからなくて…。

普通に家族についての話を友達とすれば、一つの情報として母が中国人であるというのは言いたいこと。でもハーフだって知られたらなんて反応が返ってくるのか、これまでの経験からおおよそ見当がつく。内緒にしたらどうだろう。それはそれで嘘をついている感じがして嫌。

秋ごろからTwitterのフォロワーさんがいきなり増え始めて、大勢に嘘をついているような罪悪感があったんです。でも本当のことを言ったらまた私は嫌な目に遭うのではないか、ましてやSNSは匿名だからもっと酷いことを言われてしまうかもしれない、どうしよう。結構な時間、そう悩んでました。

でも悩みに悩んだ末、去年の12月にハーフであることをTwitterで言ってしまいました。でも今までとは違って、決してTwitter上でバカにされることはありませんでした。きっと同じ中国語界隈の方々だったから、優しく受け止めていただけたのだと思います。それから少しずつ、現実の人付き合いでも言えるようになりました。

今考えてみれば、周りの反応なんて気にしたら自分を苦しめることになるだけですし、ちゃんと受け入れてくれるコミュニティがあったらそれだけですごく安心できるなぁと…。Twitterの中国語界隈の方々には本当に感謝しております。

私は最近勝手に、自分にはとある役割があるのではないかと考えています。それは、「自分はハーフだが中国語を自然と身に付けられず育った。大きくなってから興味を持ったから、今は一学習者として学習をしている。」という情報をオープンにして、これからも楽しく中国語学習を進めていくことです。

というのも、過去にTwitterで何度かハーフであることに関して投稿をさせていただいておりますが、びっくりするほど反響があったんですよね…。わざわざDMでメッセージを送ってくださる方も何人かおられました。

「自分もハーフで同じようなことで苦しんでました。いつも楽しそうに学習をしておられる投稿を見て、私も怖がらずに堂々と学習を楽しむようになりました。一緒に頑張りましょう!」

このようなメッセージをいただいたときは本当に驚きました。まさか私の存在が人の役に立てていたとは…。

これからもそういうふうに誰かの役に立てたらいいなぁと思っています。私と同じようなことで悩む人が減って、堂々と学習を楽しむことができる人が増えたらいいなぁと願っています。

最後におまけに、私が1年生の時の中国語の授業課題で書いた「私にとっての中国語」というテーマのエッセイを下に載せておきます。長いですがもし興味のある方がおられましたら。(恥じらいをどっかに置いてきたので堂々と公開します。で、おそらく後日に公開したことを後悔してます。)←笑ってね!

ということで一旦この辺で。ここまでご覧いただきありがとうございました。
↓おまけ


           大学生になったばかりの頃の私へ

 私にとって中国語は何であるか、今これを書いている時点でははっきりと思い浮かばない。だからここでは回想録の形式で振り返りながら考えてみることにする。以下、大学生になったばかりの頃の私への手紙という形で過去を振り返ってみる。


 大学生になったばかりの頃の私へ。君は母が中国人のハーフなのに全く中国語がわからない。そしてそれをずっと周りにバカにされて、それが嫌でいつからかハーフであることを隠すようになったね。自然と中国語にマイナスなイメージを持つようになったね。でも結局君は初習言語で中国語を選択することになる。漢字を使うなら他の言語よりは楽だろうという不純な動機で。君の予想通り、正直最初の頃はつまらなそうに授業を受けることになるよ。でも安心してください。君はそれから数ヶ月後に中国語に興味を持つきっかけを得る。そしてそれ以降、少しずつ中国語が好きになる。半年ちょっと経った頃には中国語が好きになりすぎて周りにドン引きされることも出てくる。ここから先、一体君に何が起こるのか簡単に書いてみようと思う。

 君は昔から昭和歌謡が好きだよね。そして日中両国で有名だったテレサ・テンももちろん知っているね。君は夏休みに入る少し前くらいに、中国語で彼女の歌を歌ってみたいと思うようになる。そして元から歌投稿アプリをやっていた君は人に歌を聴かれることへの抵抗が特になく、好きなテレサ・テンの中国語の歌を少しだけ練習して中国語の先生に聴いてほしいとお願いしに行ってしまう。そして信じられないほど発音についてダメ出しを受けて、恥ずかしさを通り越して悔しくなる。その後すぐ夏休みに入るが、そこから自分で中国語を勉強し始めるようになる。実はさっき話に出てきた先生とお話ししていたときに中国語のカラオケ大会があることを知ったのだが、ちょっとそれに参加してみたくなったからだ。その大会の予選のために一から発音を勉強し直す。その予選まで1ヶ月半ほどしかなかったので発音や歌の練習をたくさんする。寝言で歌っていたと親に指摘されるほどに真剣にやる。でも結局その大会は予選でダメになる。でも君はそんなに落ち込まない。それよりも一曲だけでも中国語の歌が歌えるようになったことに嬉しさを感じる。その経験がモチベーションとなってその後真面目に中国語を勉強し始める。

 君は中国語を勉強する際にあるものを上手く活用する。それはTwitterだ。君は中国語の勉強をしていて新しく知ったことを書き込む。そしていつの間にか他の中国語学習者の方だけではなく、中国語を教える仕事をしている方や日本語を勉強している中国人の方ともTwitter上で交流するようになる。そしてたくさんのすごい人を知る。ディクテーションや音読、中国語日記を毎日の習慣にしている人、同じ参考書をボロボロになるまで何周も繰り返している人、中国語を使って駄洒落を作っている人など、本当に尊敬したい面白い人がたくさんいる。君はそんな人たちから刺激を受けてますます中国語を勉強する。中国人の友達もできる。お互いの母語を教え合いながらいろんな話をする。気付けば中国語が楽しくて好きでどうしようもなくなっている。今これを書いている私も、中国語への想いが強すぎて書きたいことだらけで、まとめきれずものすごく悩みながら書いている。とにかく君はそれくらいに中国語が好きになってしまうのだから、初習言語で中国語を選んだことを後悔する必要は全くない。とにかくやってみたらいい、どんどん楽しくなってくるから。


 ということでここまで簡単に過去を振り返ってみた。そこで改めて私にとって中国語は何であるかを考えてみる。かつてはハーフなのにわからないことを馬鹿にされて私を苦しめる存在だった中国語、しかしそれは今ではなくてはならない存在になった。中国語は私にたくさんの面白い世界を見せてくれるとても楽しい存在で、その楽しさを知ってしまった今は本当に毎日が充実している。学習一年目でまだまだ知らないことは多いので調べながらではあるが、今では中国語の字幕を頼りに中国のテレビ番組を見ることができる。中国人の友達とカラオケに行ったときには相手の国の歌を歌うことができる。簡単な会話が中国語でできる。このように、中国語の勉強を継続することでできるようになることがどんどん増えて、毎日が新鮮で本当に楽しくて嬉しくてしかたがない。結論として、中国語は私にとってはもう手放すことのできない中毒語なのである。

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