見出し画像

京都には、窓がない。

「キョート窓ないの普通ッスよ!!」
京都ではじめての家探しをしたとき、不動産屋さんの兄さんが自信満々に言い放った。
そのひとことが、私の京都生活の最初の洗礼だった。

次の仕事で京都に住むことが決まったその日、面接の帰りにそのまま部屋の内見に向かった。
その物件は京都市内の中心部の便利のいいエリア。
二階建てアパートの入り口を入ってすぐにダイニングキッチン、その奥に8畳の洋室、風呂トイレ別。家賃はたしか6〜7万円。

間取りも家賃も悪くない。…が、その部屋には窓がなかった。

いや、正確にはキッチンのシンクの上に小さな明かり取りの窓はある。
でも部屋の主である洋室に窓が存在しない。
ダイニングキッチンに続くドア以外は3面壁、箱だ。

そんなこと、ある???

地元九州で3回の引っ越しを経験して、部屋探しにそれなりに自信があった私の、脳が停止した。
コンセントの位置とかコンロの数とか言ってる場合じゃない。
窓が、ない。
間取りはチェックしていたが、窓があるかどうかなんて考えもしなかった。

「あの、窓…ないんですけど…」
おそるおそる聞いた私に、有名不動産仲介チェーンの若い兄さんは自信満々に冒頭のセリフを放った。

「キョート窓ないの普通ッスよ!」

いやいや、ある?そんなこと?

「京都、土地が狭いし家と家が近いから、窓がなかったり曇りガラスだったりって普通ですよ〜。窓ない家、多いですよ!」
「え、お兄さんの家、窓ないんですか?」
「ウチはありますね!」
「……」

沈黙。

そして次に重要なことに気づいた。窓がないということは、ベランダもない。というか、洗濯機置場もない。
「これ、洗濯機と洗濯物干しはどこに…?」
「外ッスね!!」

改めてアパートの外に出てみると、外階段の下に洗濯機集合住宅があった。
6軒分の洗濯機がずらっと並んでいる。
そして、洗濯物干し場はというと、アパートの前に2本のパイプ柱が立ててあって、その間に2本のながーい竿が渡してあった。
つまり、全住民が同じ物干し場に洗濯物をかけるのだ。

え、いまって平成ですよね??
面白すぎて3度見した。
これは、アパートの体を装った「長屋」だ。

しかし帰りの新幹線の時間は迫っている。仕事の開始は2ヶ月後だ。
九州に帰る前に春から住むところの目処はたてておきたい。
私は諸々のこだわりを投げ捨てた。

「すみません、窓がある物件でお願いできますか?」
「いいッスよ!窓のある部屋ッスね!」
ウィンクとサムズアップが見えそうな勢いで、不動産屋の兄さんが連れて行ってくれた先は、堀川今出川のこぢんまりしたマンション。

細長い8畳ワンルームに廊下キッチン、ユニットバス、掃き出し窓とベランダ付き。
普通、良くも悪くも普通。
でもとにもかくにも窓がある。

「どうッスか?窓ありますよ!」満面の笑みで歯を見せるお兄さん。
「窓ありますね!じゃあここで」
窓がある、ただそれだけで部屋を契約した24の早春であった。

#お部屋探しのエピソード
#京都 #引っ越し


記事はすべて無料公開しています。ちょっといいもん読んだな、と思ったらサポートいただけると励みになります。