ニッケイがきついってはなし
先日、金融機関にお勤めの友人・Y氏と飲みに出かけた。Y氏との付き合いはまだまだ浅いけれど、会うたんびにわたしに新しい情報を提供してくれるような刺激的なひとで、わたしは久しぶり(夏ぶりくらい)のY氏との会合にとてもわくわくしていた。
「なに食べよっかあ」
特に行く店を決めていなかったわたしたちは、そんなことを言いながらぷらぷら街を歩く。「ね、なに食べよっかあ」と意味もなく同じことばを繰り返してあたかもわたしはあなたの問いに対し確かに返事をしましたみたいな雰囲気を醸し出すわたし。
「っていうかさ、」Y氏がぼそりと呟く。なんだよその改まった感じは、といやあな予感を察知しじわりと額に滲む汗に気付かれないように、「ん?」と可愛らしく相槌を打った。
「──っていうかさ、ニッケイきつくね?」
・・・は?
なんて?
わたしは分かりやすく狼狽えた。そしてY氏の放ったことばをもう一度こころの中でなぞった。「──っていうかさ、ニッケイきつくね?」
・・・は?
瞳孔がカッと開いた。じわりと滲む程度だった汗はブワリという大胆な効果音へと変化を遂げ開き切った毛穴から吹き出るほどだった。なんて?以外の感情が全て削ぎ落された。落ち着け、落ち着くんだわたし、よく考えるんだ、ニッケイってなんなのか、まずこれを漢字に変換することから始めよう。
とはいえ偏差値3のわたしの頭では“ニッケイ”と聞いて脳裏に浮かぶ漢字なんて“日経”以外にない。じゃあ“日経”ってなんだ?IQ2の頭で必死に考え出した結論は“日経平均株価”だった。
だってそういえばY氏って金融機関で働いているし、何気に知的だし、四ヶ月ぶりに顔を合わせる友人に「最近どうよ?」よりもまず先に日経平均株価がきついっていう話題を振り翳してきたとしてもなんの違和感もない。むしろしっくりくるまである。っていうかもうそれ以外に考えられない。強いていうなれば日経平均株価のことをニッケイって略すんか?という疑問を持ち合わせる余裕は脳みそにも一応まだギリギリあったが、この仮説を覆すほかの仮説が残念ながら思い浮かばなかった。ちなみにこの結論に至るまでの時間はおおよそ0.3秒である。
ニッケイ=日経平均株価のことであると結論付けたところで、さあて困ったことに、更なる問題が発生した。はっきり言って日経平均株価が今現在どんなかんじなのかぜんぜん知らない。けれどここでかっこつけて知ったかぶりをして、どんどんニッケイトークを掘り下げられでもしたらたまったもんじゃない。わたしは汗を拭いながらおそるおそる答えた。
「へえ、そうなんや。わたしそういうの疎くて、あんま分からへんねん」
「え?まじで?」
驚かれた!!??!?!汗が止まらない。
「う、うん、普段からそういうの気にしたことなくて」
「え?ほんと?分かんない?」
!?!?!??え、なんなの?ニッケイ今そんなヤバイの?でもY氏のこの反応を見る限り、相当やばそうだ。っていうかニッケイがヤバイことを知らないわたしがヤバそうだ。恥ずかしい。明日からニュース見る。
「うん、ごめん、分からん」
「そっかー・・・」
明らかに腑に落ちていない様子のY氏を横目に、わたしは不甲斐ない気持ちで胸がいっぱいになった。無知であることを素直に恥じた。金融機関の人間じゃなくても、ニッケイのことくらいは社会人として当然知っておくべきことだったのだろうと酷く反省した。やっぱりY氏は、会うたんびにわたしに新しい情報を提供してくれる。ごめんねY氏、わたしもっと知的な女性になるよ。
「じゃあ、なに食べよっかあ?」
まるでさっきの会話の続きみたいなトーンで、Y氏が語尾を上げる。切り替えはえーなと思った。切り替えはえぇ、ぇ?え、はえ、?ん?切り替、え?
ん?
いやあな予感がした。
夏ぶりに会うわたしたち、「なに食べよっかあ」、ニッケイのキツさを知らないわたしに頑なに食い下がるY氏、「じゃあ、なに食べよっかあ?」、まるでさっきの会話の続きみたいなトーン、切り替え、
すべてのピースが繋がり、わたしはハッと顔を上げた。
「ねえ、もしかして、」
「ん?」と可愛らしく相槌を打つY氏。
「(わたしが歯の矯正中で矯正器具つけてて硬いもの食べられないから、)『“肉系”きつくない?』って言った?」
「え、うん。逆になんて聞こえてたの?」
「」
◇
「どーーーーりで会話噛み合ってないと思ったよwwww俺だって日経平均株価のこと知らねーからwwwwww」っていうおはなしでした。あー茶番茶番。お肉は食べずに魚を食べました、美味しかったです。しれっと書いてるけど秋頃から絶賛歯の矯正中です。またそのはなしも書きますね、さあおわる。
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