GENJI*REDISCOVERED        源氏物語絵巻 『若紫』之一

画像1 今年の桜もはや終わってしまいました。現代では「桜」というと「ソメイヨシノ」という江戸時代後期に作出された品種を指すのが一般的ですが、『源氏物語』の「桜」は、今は「ヤマザクラ」と呼ばれている-この国に自生していたいろいろの「桜」の仲間も含めた一群を指しています。なので、光源氏が『六条院』造営の折「春の町」の庭に、早咲き、遅咲き、色の濃いの薄いのと、いろんな桜を集めて植えさせています。
画像2 18歳の春。ワラワ病みに罹った光源氏が、五人ばかりの供と「北山の聖」のところへ、治癒の加持祈禱をうけに出かけて来ました。都ではもう盛りを過ぎた桜ですが、この深い山では今も美しく咲いています。宮中から郊外への遠出、杖を突いての山登り、病身ではあるものの光源氏にはいろいろが初めてのことです。
画像3 書かれている『北山』は「どこなのか」論争…というか、いろんな候補地があります。『鞍馬山』が筆頭…ですが「都を見晴るかす…」かなー、ちょっと遠いし。と思ったり。『金閣寺辺り』説は、足利義満が『源氏』の「北山」を意識してこの地を選んだ…ということから。『岩倉・大雲寺』説は角田文衛博士の説得力のある説。聖の住む「岩窟」のイメージにはー北山不動『志明院』…という説…は少なくて…。「老いぼれて岩屋から出て下山など出来ない」との聖の返事に、光源氏自らが出向いて行くことに。山の滝-清流は下界との結界でもあります。
画像4 12世紀に制作された『源氏物語絵巻』(=「国宝」本)は、現在、19+1図しか伝わっていません。その中に「風景画」と呼べる1枚があります。『関屋』帖の「逢坂超え」の図。実物は、退色・剥落等々で、どんな絵かもよく判りませんが、「復元」模写で、けっこうゴツゴツした岩の壁-谷や峰が描かれていました。その絵は秋なので「もみじ」も描かれていますが、その描法からすると、この桜は、桃山時代の桜かもしれません。
画像5 まだ見頃の桜の花と霞に煙る山の中、諸堂を見下ろす高峯の岩窟に聖は居て源氏の来訪に驚き「畏れ多いこと」と一行を迎えます。 中央の磨崖仏は、病苦を除き心身を救う「薬師三尊」の梵字。流れ落ちる清流は俗界と聖域の結界でもあり、山の修行の功徳を都に流出させています。 この旅で 源氏は、古来の「帝王」の如く「国見」をし、また「播磨の元国司の娘(後の明石君)」 の噂を聞き、そして、飼い雀が逃げたと泣く童女(後の紫の上)を垣間見ます。 「これからの人生=物語の布石」「二人の伴侶との出会い」の重要な遠出なのです。

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