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習慣化の威力

noteの更新を習慣化することに手を焼いています。

文章を書くことがあまり得意でないので、スキマ時間を欠かさず鋭く捉えて今だ!と集中して書く機会を毎日いつのまにか逸しているのだろうとは理解しています。

どうにか書く習慣を身につけるために、時間確保にまず手を付け、つい気になってしまう家事など周辺雑務を2年ほどかけて極力減らし自由時間確保を意識的に進めてきてはいるものの、得意ではないとせっかく空けた時間は全部英語学習に当てられています。

毎日書く習慣を身に着けている人はどんなタイミングでどんな環境でどれくらいの時間を当てているのでしょう。

ふとアタマをよぎった事柄を他の人が読んでも意味が通るような文章に一発で書けるなんて離れ業、どうやって身につけたのでしょう

きっと、いつも常に書いているんでしょうね

英語学習に当てはめるとよく理解できます。

2022年5月から始めた英語学習は毎日習慣化できていて、朝の通勤時と昼休みに何をどう取り組むかかなり集中した内容で続けられていて、さらに次はどういう学習をすれば能力が上がるかといったことを数日単位で常にスケジュール立てし、図書館で借りたい本を前もって予約し、SNSで見かけて気になる本はお気に入り登録しkindle立ち読みし、その本を買いたい場合はどこで買うか、といった日々の細かな手入れが行き届いて運用できています。

この習慣を誰かがそっくり真似するのは負担だろうし、当然私よりもっと緻密に英語学習を続けている翻訳者や通訳者なら比較できないほど高度な学習を続けているはずで。
そういった高度な学習を続けている人にもしお尋ねすればきっと、「ちょっと気になるから調べた」「ちょっとみておこうと思って」程度の動機だけど実践していることは緻密なことをされているのではと想像します。

と、書き始めは定まらないままだったけどnoteに書いてみたら意外にも自分に何が足りないかがはっきり見えました。つまり、やってる量が全く足りていないので細かなことは気にせずどんどん投稿すれば全体においてうまくなっていくだろうと予想がつきました。


こんなふうにnoteに手伝ってもらうつもりで、noteを開けて、まとまらない話をnoteに聞いてもらうことで自分の考えや思考の至らなさに気づき、少しずつ前に繋げようと改めて思い直しました。

習慣化の威力はけっこう強いもので、夏休みであってもいつも通りの英語学習を遂行しています。やらなきゃ気持ちわるいような、例えるなら毎日ジョギングしている人はそうしないとすべての調子が出ないぐらい定着しているような。

こうして人生という山を今日もちょっとのぼって前進しようと励んでいます。

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