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きみの体温

2023.3.17
死亡推定時刻は午後。
オットがいなくなってしまいました。


仕事から帰ったらもう暗いのに部屋が暗くて
こたつに胸まで入っていつものポーズで寝てるオットが薄暗い中に見えた。

電気をつけたら、私の気配に気づいた猫が
いつものようにこたつから出てきて。

猫を撫でながらオットに「ただいま〜」って声をかけても返事がない。
酔って寝てるのかな?って思って
とりあえず隣の自室に行って、
部屋着に着替えて
部屋に戻って、
座ってこたつに足を入れても…
オットは起きない。

いつもならここで目を覚まして、「おかえりー…」って言って起き上がるのに。



まさか、と思って足を揺さぶった。
ゆうちゃん?かえったよー。
ごはんどうする?
おーい?

返事はないし、足も動かない。

悪い予感がして、彼の顔の…頭の方に歩いて行って、顔をペチペチしてみた。


………ひんやり。


その時の、なんともいえない、
世界が壊れたような気分。

まさか、とおもって真剣に顔を見る。
まだ顔に血色は残っていた。
でも体温はなかった。

ねぇねぇどうしたの、起きて
なんでこんなことになってるの?
おきて!ゆうちゃん!

と、言ってた気がする。

頭の中では分かっていた。
もう生きてない。
よく見ると、うっすらと片目が開いていたけど黒い瞳は何も写してなかった。


10分くらい、絶望と闘った。
胸に置かれた手のうえに自分の手を置いて2、3枚の写真を撮った。
そして横抱きにして泣いた。
ごめん、ごめん、ひとりでいかせてごめんね…

しばらくして、彼の唯一の親族であるおばに電話をして、そのあとに、救急車を呼んだ。
息がないけど、警察じゃなくていいのでしょうか?とかなんとか言って、とりあえず救急車が来ることになった。救急車が来るまでの間は心臓マッサージをしてくださいと指示されて、彼の分厚い胸に両手を当てて、言われた通り5センチ沈み込むくらいの力で、グッと押した。肺から空気は出てくるけど、もう、吸い込むことはなかった。何回か押したらパキッと胸骨が折れる音がした。それなのに、起きない。
2度目の絶望。

これ以上痛い思いをさせるのはいやだ。
私は私の判断で胸を押すことをやめた。

救急隊が来たら玄関を開放することになるので、猫を猫バッグに入れた。異変を感じた猫が逃げ回って焦った。

救急隊が来てくれたけど、オットを見て、これはもう…という空気が立ち込めた。救急隊のカバンは開かれることなく床に置かれ、残念ですがもう硬直もしていて、死斑もでています。瞳の反応もありません。体は少し暖かいけど、これはこたつの熱です。と宣告された。

私はみっともない部屋着のままで、泣くこともできず、ただハイハイと返事をしていた。

そのころ叔母が到着して、少しだけオットのそばに行けたけど、すぐに警察が到着して、私たちはオットに近づけなくなった。
変死の疑いがなくなるまで
現場の状態を変えられないからだ。

病院に連れて行くこともなく救急隊が帰っていき、代わりに警察官が数人来て、現場検証、事情聴取、免許や通帳、保険証、お薬手帳などが押収され、明日の朝警察署に来てください、葬儀屋さんには今夜中に連絡してください、と説明されて、オットはブルーシートに包まれてあっという間に「死体」となって家から去っていった。


人生に、こんなことがあるのか、
オットはまだ56歳で、私は47歳だ。
今朝まで普通に会話をしていたはずだ。
あと20年くらいはオットと楽しく生きていけると、普通に思っていた。

オットの家系はあまり身体が強くなく、もうご両親も亡くなっていたけれど、だからと言って、56でいくとは想像もしなかった。

眠れない夜を過ごして、翌朝、警察署に向かった。遺留品を返してもらい、着ていた服もビニールに入れて返却された。オットはまだ若く、外傷もなく、明らかな死因がわからないということで行政解剖となってしまった。

痛いこと、怖いこと、血が苦手でせっかく入った医学部を中退したのにね…皮肉すぎるよ。ごめんね。

解剖を待つ間、施設で葬儀屋さんと打ち合わせをした。数時間後に解剖の結果が出たということで安置所に。

「脳幹出血」

との所見だった。
より詳しい解剖の結果は2ヶ月後になるそうで、
自宅に届くように手配した。

安置所で眠る彼と再会した。
あんまりにもいつも通りの寝顔。
なんならいつもより自慢げな、
スンッとした顔してる。

生きてる時の方が、眉間の皺が深かったよ。
おかしくない?
起きて、いつもの皮肉を言ってよ。
死んでる場合じゃないでしょ。

オットは毎年桜を楽しみにしていた。
この日、東京の桜は咲き始めたばかり。
週末にはお花見だねってこの頃毎日言ってたのにね。


私が綺麗に咲いてる今年の桜を初めて見たのは、東京都監察医務院の桜、になったよ。

息をしてないきみの
ひんやりした頬の感触を、
私は一生忘れないだろう。
忘れたくないよ。
もう動くことはなくとも
それはとても愛おしい体温だったよ。




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