#ちょろけんのメモ 路上ライブ論断章
路上ライブと政治学を結びつけられないかという思いつきを、忘れないようにメモしておく。
新宿駅南口に行くたびに思うのだ。スマホ、車の波、ガラス、コンクリート、広告、重機……そういったものの間で、路上ライブの演奏を誰かと聴くことは、“都市計画”と都庁とゼネコンから人間らしさを取り戻す闘いになるのではないだろうか、と。見知らぬ人と同じ曲を聴くことは、無言のうちに、共に身体で感じ、共鳴する関係になるが、この関係性は社会にとってまんざら悪いものではない、と。だが、どこに政治を見出せばいいのだろうか。
ルフェーヴルの才能を分けてほしい。
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