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画用紙の仏壇 その9

昼下がりの待合室には面会を待つ人がちらほらと座っていた。エアコンが低い音を立てている。暖かな風があたる長椅子に、うす汚れたTシャツを着た若い男が寝ていた。フガっといびきをかくたび、布袋さんのように膨らんだ腹がビクンと揺れた。

入口の自動ドアが開いて、白髪頭の男がゆっくりと入ってきた。往年のギャング映画に出てくる悪役のように、黒い縦縞の背広と真紅のネクタイをきつめに締めている。

男は長椅子に近づくと「いい大人が、なに寝てんだ」と言った。寝ている男はプウっと大きなおならで返事をした。白髪頭の男は力強く長椅子の足を蹴った。相手はまったく反応しない。近くにいた人たちは一斉に二人を見て、すぐに目を逸らした。

白髪頭の男が「バカヤロ!」と若い男の胸ぐらをつかもうとしたとき、宇佐美智子が声をかけた。

「あ、お兄さん! お待ちしてました。おひさしぶりです」
「ああ、あんたか。先に言っておくが医者は呼ぶなよ。のんきに話してるヒマはない」

小さな部屋の色褪せた布張りのソファーに、榎本ゆきの兄と桜井、宇佐美が座った。すぐに向かいから古びた衣類の匂いが漂った。宇佐美は「なんだか懐かしく感じる。どこで嗅いだんだろう?」と記憶をたどった。兄の顔を見ているうちにゆきの父親と同じ匂いだとわかった。

挨拶もそこそこに桜井はゆきが行方不明であると説明した。しばらく沈黙が続いたあと、家族から警察に捜索願いを出してほしいと頭を下げた。

「ゆきが退院したとき、親父は野放しにするなって反対したよな。あんたらが、あいつを見張るから大丈夫だとか言って強引に退院させたんだろ! いまさらなんなんだよ」
「見守るとは言いましたが、見張るとは言ってないです」
「どっちでも一緒だろ。あいつは人に迷惑かけても何にも思わないんだ。見張ってなかった責任をこっちになすりつけんなよ!」
「いや、そういう話じゃなくて。僕はゆきさんが事故か何かに巻き込まれているんじゃないかと」

早口に言い返した桜井に向かって、榎本ゆきの兄は大きな声で怒鳴った。

「じゃ、警察がなんか言ってくるまで待てばいいだろ! あいつとはもうとっくに縁を切ったんだ!」

桜井と宇佐美は息を呑んで、兄の顔から目が離せなくなった。


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