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【第五話】気づかないうちに人権を侵害する側にいた

「お父さん、お母さんとまた選挙に行きたいです」

裁判の終わりを迎え、裁判官から発言を求められた名児耶匠(なごやたくみ)さんは、はっきりとそう言いました。

堂々としたその姿を、私は傍聴席から見ていました。匠さんの作り出す凜とした雰囲気は法廷を包み込み、自分の気持ちはこうなのだと、その場にいるすべての人に強く語りかけるようでした。

裁判を傍聴しながら、私はこんなことを考えていました。

「選挙権を奪われてもしかたがないなんて、誰が決めたのだろう。そうか、公職選挙法に欠格事由なんてものがあるのか。そもそも後見人がつくと選挙権が奪われるなんて知らなかった。あれ、待てよ。そうすると、それが問題とすら思っていなかった自分は、この人の権利を奪っている側にいるのではないか」

これまで、私は「社会に問題がある」と思うだけで、そこに自分が含まれるなんて思ってもいませんでした。むしろ社会の理不尽さを明らかにする立場にいるとすら考えていました。ずいぶんと思い上がっていたものです。しかし、ようやく自分にも責任の一端があるのだと思い当たり、急に恥ずかしくなりました。

後日、匠さんのお父さんである、名児耶清吉(せいきち)さんのインタビューを読みました。

「人権侵害に三度、加担した」という表現を用いて、教育、就労、選挙の三つの機会で、当然認められるべき娘の権利を守れなかったと語っていました。それぞれ時期は異なりますが、当時の社会の状況と深く結びついた出来事に見えます。

地元の小学校には障害を理由に入学できず、就学を延ばす手続きを取るしかありませんでした。高校を卒業したあとに働いた職場では、障害者雇用の助成金を確保したい雇用主の都合によって解雇され、親として納得できないままそれを受け入れました。そして、今回、お父さんが成年後見人になると同時に匠さんは被後見人になりました。その結果、匠さんは選挙権を失い、選挙に行くことができなくなったのです。

いまとなっては、小学校に入れない人がいたなどという話しは、とうてい信じられないと思います。しかし1970年代まで、学校に行くことを猶予されたり免除されたりする制度がありました。もちろん、時代がどうであれ、本人や家族が進んでそのような選択をするとは思えません。そこにあったのは、学校に行くかどうかの選択肢ではなく、教育に受け入れてもらえないという決定でした。それでも、身近な家族はその手続きをとらざるを得えなかったのです。

「人権侵害に加担した」と言われると、私はまず責められないように身構えてしまいます。次にどうしてそうなったのだろうと、一歩踏み出して考えたくなります。問題に直面した当事者は、いつでも追い込まれた状況にいました。見逃せないのは、そこに専門家と呼ばれる人たちが関わっていた事実です。加担したのは家族ではなく、進学を阻む仕組みだったはずです。

当時も、権利を制約するような法制度に疑問を持ち、行動していた人たちはいました。ただ、私が自分のことを棚に上げてこの問題について考えていたように、そういうものだと現状を受け入れていた人もいたと思います。

「いまの時代で当たり前とされている考え方や制度の仕組みが、じつは生活する人にとって生きにくい要因になっていないか?」

ソーシャルワーカーは、いつもこのことを自らに問い続ける必要があります。かつて起こった過去の話と考えると、その問題に限っては解決したように見えるかもしれません。しかし、生きづらさにつながる環境に目を向ければ、まさにいま起こっていることが別の形で現れているはずです。

名児耶さん親子は、選挙に行けなくなる仕組みに対して、国を訴える行動を選びました。直接、支援をした弁護士をはじめ、こうした規定を問題視して署名活動を行った人たちがいました。そして、2013年5月に「成年被後見人の選挙権の回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律」が成立しました。私は、自分の中にある問題を見つけて、法制度とソーシャルワーカーの関係を考える視点を与えてもらいました。

「成年被後見人の選挙権の回復」と言われると、そもそも権利を奪ったのは誰なのかと憤りを感じます。

私は頭では、人権を侵害するような制度が残っていると理解したつもりでしたが、何が問題なのかをまるでわかっていませんでした。働く、選挙に行くなどの当然の権利をもとに、現状の法制度を精査していく必要があると身に沁みました。その制度によって、それまで生活のなかで当たり前にできていたことが脅かされる危険があるのです。

法廷で堂々と話す名児耶匠さんを思い出すとき、私は権利を制約する側にいないだろうかと胸に手をあてて考えます。誰かの生活が制約されていることに気がつかなかったと、私はもう言いたくありません。これからも当事者の行動のおかげで、多くの人に共有される問題が出てくると思います。いち早くその問題を生み出している原因を明らかにして、当事者と解決に向けて動き出したいと願っています。

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