番外編:エドワードの誕生日
凍えるような北風が、ざわざわと梢を揺らす。
エドワードは、深々と冷え始めた夕暮れの田舎道を、生家に向かって戻り始めた。
屋敷の裏にある森も、静かな町並みも、離れたときから何一つ変わっていない。
幼い頃に兄とよく行った栗の木は、また一回り大きくなっていた。
あれから、自分も随分と背丈が伸びたものだ。今なら、栗の実を落とすために、助走を付ける必要はないだろう。
エドワードが屋敷の門を潜った頃には、もう夕日は、水平線に沈みかけていた。
母が自ら手入れをしているこだわりの庭は、暮れなずむ黄昏色に輝いている。密やかにほころぶ待雪草や水仙が、冬の庭を鮮やかに縁取っていた。
エドワードは、玄関先で執事に長外套を預けると、深く息を吸い込んだ。
柔らかな花のように、優しくエドワードを迎えてくれる懐かしい香りが、肺腑の奥まで染みこんでくる。
「……美味しそうな匂いがする。」
エドワードは、ぴくりと鼻を動かすと、導かれるままに食堂へと急いだ。
「おかえり、エディ。今日は、母上と一緒に作ったんだよ。」
エドワードが食堂の扉を開けると、サミュエルが、エプロンを外しながらキッチンから出てくるところだった。
「あなたの好物、たくさん用意したのよ。」
母は、ふわりと笑むと、デザートは、もちろんケーキとプリンよ、と付け加えた。
大人になっても、母の慈愛は、胸に灯火を点してくれる。
テーブルの上では、母と兄の手料理が、誘うように優しく湯気を立てている。
特別な晩餐を彩るのは、母が手ずから育てている薄紅色の冬薔薇だ。
壁に沿うように並べられた鉢植えたちは、まるで、ここが晴れた日の庭であるかのように錯覚させる。
「故郷を堪能出来たか、我が息子よ! さあ、今日の主役が席に着かんと、始まらんだろう。母さんとサミュエルの料理が、冷めてしまうぞ!」
父は、矢庭に立ち上がると、豪快に笑いながら、椅子を引いてくれた。
エドワードは、静かに会釈をして席に着く。
全員が食卓に着いた頃を見計らって、父の乾いた咳払いが響いた。
「エドワード、誕生日おめでとう! 今日は存分に楽しもうではないか!」
老父は、高々とグラスを掲げると、呵々と笑い声を上げる。
「ありがとう、父様、母様、兄様。」
胸の辺りが、なんだかくすぐったい。いくつになっても、祝われるのは嬉しいものがある。
エドワードは、ちいさな完爾を零すと、父に倣ってグラスを掲げた。
「乾杯!」
温かな団欒の輪に、甲高い音が、優しく降り注いだ。
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