見出し画像

#367 口と腸は細菌的に繋がっている。

毎週金曜日19:30に更新中の腸内細菌相談室です。
室長の鈴木大輔がお届けします!

今回のエピソードでは、近年健康との深い関係が示されている口腔環境と腸内環境についてお話しています。先に要点をお話すると、口も腸も消化管の一部です。つまり1つの管の中に口と腸が位置づけられるので、物理的に繋がった環境といえるでしょう。

口腔環境と腸内環境には、物理的につながることで、実は細菌的にも繋がっていることが近年の研究では報告されています。つまり、腸内環境を考える上で口腔環境の影響を無視することはできないのです。

では、口腔環境と腸内環境の細菌的な繋がりについて、早速見ていきましょう!

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

背景

今回のテーマは、腸内環境の健康から考えるとその重要性が見えてきます。どういうことかというと、腸内環境の健康には口腔環境の健康が重要かもしれないことが、最近の研究で報告されてきているのです。

腸内環境を脅かす腸内細菌は様々です。

"脅かす"という言葉を使うと、細菌感染に由来する食中毒や敗血症などの激しい症状が想起されます。しかし、もっと時間をかけて、ゆっくりとあなたの腸内に病原性のある細菌が定着するかもしれないのです。

今回のテーマに話を戻すと、気づかないうちにあなたの内側では口から腸へと病原性のある細菌が侵入するリスクがあるのです。そんなことを、今日はお話していきます!

本題に入る前に、クイズです!
ヒトの腸内環境には、基本的には細菌が定着しづらいと考えられています。その理由の一つには、胃酸による殺菌効果の存在が考えられています。では、唾液中に含まれる細菌は、胃では何分の1に減少してしまうでしょうか。答えは番組の終盤で発表するので、最後までぜひお楽しみください。

消化管の構造

消化管とは、食べ物を物理的に細かくして、消化酵素の働きにより分解し、吸収し、不必要な物質を排泄する機能をもった器官となります。ヒトを含めた多細胞生物の多くは、消化管か消化管に類似の構造を持っていて、効率的なエネルギーの獲得と排泄を可能にしています。

消化管は、構造的には長細い穴です。消化管は全体を通して大まかには共通した組織で構成されています。つまり、複数の組織が層状に重なったミルフィーユのような、バームクーヘンのような構造になっています。

食べ物が通る空洞から、身体の内部に向かって考えてみましょう。バームクーヘンで考えると、真ん中の穴から外側に向かって考えるイメージです。

一番内側は、食べ物などの物質が通るため、私達の身体を保護する粘膜が存在します。粘膜組織の外側には粘膜下層と呼ばれる組織があり、その外側には固有筋層と呼ばれる筋肉の組織が存在します。さらに外側には外膜、あるいは漿膜と呼ばれる組織が存在します。

基本的には、口も腸もこの層状構造によって構成されています。

口と腸の違い

でも、口と大腸では機能的に全然違います。より細かく見ていくとその違いがわかるんです。

例えば口は、まだ破砕されていない食べ物など、比較的硬いものが入ってくる環境です。私達の組織は所詮水を主成分とした細胞の集合体であり、非常に脆い存在です。したがって、口の中の粘膜は、皮膚と同じ丈夫な構造を持っています。詳しくは、口を構成するのは、重層扁平上皮組織です。平らな上皮細胞が重なることによって、強度を有しています。

一方、腸管の上皮組織は、単層円柱上皮組織により構成されます。単層で円柱なのは、侵入する物質が比較的細かくなっており組織を傷つける心配が少ないのに加えて、水や栄養の吸収を効率的に行う必要があるためです。

細かく見ていくと、組織の観点から口と腸では異なります。進化の過程で、どこの組織はどうあるべきか自然に選択されてきたというのはすごい話ですよね。生存に有利か否か、繁殖に有利か否かという点だけで、洗練された消化管構造が出来上がるんですから、相当な年月を感じさせます。

口と腸の類似点

次に、口と腸の類似点について考えてみます。先程お話した通り、組織の層状構造の観点では似ています。これに加えて、環境という観点でも似ています。どういうことでしょうか?

先週のエピソードを思い出してください。腸内環境はどのような性質をもった環境でしょうか?①豊富な栄養、②豊富な水分、③少ない酸素でしたね。この内、口は①と②の要素を共通して持っています。唯一、細菌の大敵である③少ない酸素については満たしておらず、口なのでたくさんの酸素が存在しています。

しかし、細菌はバイオフィルムを形成したり、隙間に入り込んだりすることで、巧妙に酸素から逃れ、大量の細菌が存在しています。

つまり、高密度の微生物、細菌が存在するという点では口も腸も似ているのです。

口から腸へ細菌が移動する

口から食べ物が消化されて腸に届くように、口の細菌が腸管へ定着することは無いのでしょうか?従来は、胃酸や消化酵素による殺菌を受けて定着は難しいことが考えられてきました。しかし、近年の研究では口腔細菌が腸内に定着することを裏付ける結果が出てきています。

例えば、2020年にFrontiers in Cellular and Infection Microbiologyへ掲載された、Colon Cancer-Associated Fusobacterium nucleatum May Originate From the Oral Cavity and Reach Colon Tumors via the Circulatory Systemという論文は次のような結果を報告しています 1)。

この研究ではFusobacterium nucleatumという口腔細菌をターゲットとして、唾液と大腸の生検体からF. nucleatumを単離します。それぞれのゲノムの類似度を比較した結果、ほぼ100%同一の株であることが示され、口と腸内に共通の細菌株が存在することが示唆されました。また、モデルマウスにF. nucleatum菌を経口摂取、あるいは静脈注射にて与えることで、大腸の腫瘍からF. nucleatum菌が検出されたということです。ここから、同グループは、口から血流を介して細菌が腸管へ定着するモデルを提唱しています。

また、血流を介した(血行性)の経路だけではなく、消化管を介した口腔細菌の腸内環境への定着も考えられています。2019年にeLIFEへ掲載された"Extensive transmission of microbes along the gastrointestinal tract"という論文では、次のような可能性を指摘しています 2)。

同研究では、口腔環境および腸内環境に存在する細菌を網羅的に解析し、共通して存在する細菌について解析しています。サンプルは巨大で、5つの国から集められた470人から唾液と便サンプルを取得し、310種の細菌を解析しています。結果としては、口腔細菌叢における64%は頻繁に腸内環境へ移行できることが示唆されているとうことです。

このような研究結果から、口と腸は細菌的に繋がっていると言えそうです。

口腔環境の病原性細菌

一番最初にお話を戻しましょう。"腸内環境の健康には口腔環境の健康が重要かもしれない"ということ、"もっと時間をかけて、ゆっくりとあなたの腸内に病原性のある細菌が定着するかもしれない"ということを思い出してください。

実は、口腔細菌が腸内に定着することで、疾患の発症に関連することが考えられています。例えば、先程お話したFusobacterium nucleatumは代表例で、口腔環境では歯周炎の起炎菌、腸内環境では大腸がんの関連細菌として考えられています。

他にも、大腸がんの進行に伴って増加する細菌が実は口腔細菌として知られていたりします。

口腔環境由来のPorphyromonas gingivalisは最重要歯周病原細菌として考えられており、腸内細菌叢のバランス不全(Dysbiosis)を引き起こすことが示唆されています。腸内細菌叢のバランス不全は様々な疾患のリスクを高めることから、健康を損ねる要因になると考えられます。

口腔環境は腸内環境の健康に大切

今日のお話から、口腔環境において病原菌を増やさないことは、長期的な疾患リスクを低下させる上で重要であることが考えられます。口腔環境のケアは、虫歯や歯周炎を予防する以上に、全身の健康に関係していそうです。

では、最後にクイズの答えを発表します。クイズは、"唾液中に含まれる細菌は、胃では何分の1に減少してしまうでしょうか"というものでした。

正解は大体10万分の1に減少してしまう!というのが正解でした。この数字は、本文でも引用した、Schmidt et al., eLIFE, 2019に基づいています。このように、唾液に含まれる細菌はものすごく胃で減らされるんですが、母数が多いので定着しうるというのが現在の考え方です。

腸内細菌相談室に来ていただいた皆さんにはぜひ健康な生活を送ってもらいたいので、小言を最後にお送りします!毎日の丁寧な歯磨きやフロスを行い、定期的に歯医者さんへ行きましょうね!

以上、腸内細菌相談室の鈴木大輔がお届けしました。

腸内細菌相談室では、番組に対する感想、質問、リクエストを募集しています。Twitter、Instagram、Applepodcast、Spotifyからいつでもご連絡ください!

この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

参考文献

1) Abed Jawad, Maalouf Naseem, Manson Abigail L., Earl Ashlee M., Parhi Lishay, Emgård Johanna E. M., Klutstein Michael, Tayeb Shay, Almogy Gideon, Atlan Karine A., Chaushu Stella, Israeli Eran, Mandelboim Ofer, Garrett Wendy S., Bachrach Gilad(2020), Colon Cancer-Associated Fusobacterium nucleatum May Originate From the Oral Cavity and Reach Colon Tumors via the Circulatory System, Frontiers in Cellular and Infection Microbiology, 10, DOI=10.3389/fcimb.2020.00400.

2) Schmidt TS, Hayward MR, Coelho LP, et al. Extensive transmission of microbes along the gastrointestinal tract. Elife. 2019;8:e42693. Published 2019 Feb 12. doi:10.7554/eLife.42693.

3) Arimatsu K, Yamada H, Miyazawa H, et al. Oral pathobiont induces systemic inflammation and metabolic changes associated with alteration of gut microbiota. Sci Rep. 2014;4:4828. Published 2014 May 6. doi:10.1038/srep04828.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?