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#148 バイオフィルム内のコミュニケーション。クオラムセンシングと自己誘導因子について。

毎日夜19:30に更新中!腸内細菌相談室。
現役の研究者である鈴木大輔が、腸内細菌にまつわるエピソードをお届けしております🦠

今回のエピソードでは、バイオフィルム内で細菌同士が行うコミュニケーションに注目します。私達人間は、言葉やジェスチャーを使用してお互いに意思疎通を図ることで、社会生活を営むことができる生物です。細胞が寄り集まってできた多細胞生物には、このように他の個体とコミュニケーションを取ることで、有利な状況を作って現在まで生き延びてきたと言えるでしょう。では、単細胞生物についてはどうでしょうか。単細胞生物には目も耳も有りません。コミュニケーションを取ることは一見不可能に思えます。しかし、20世紀末に細菌の間でもコミュニケーションが取られていることが分かってきました。それが、今回のお話であるバイオフィルム内でのコミュニケーションに繋がってきます。

耳や目を使わない細菌同士の会話に迫ります!

このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!

クオラムセンシングとは何か

では、細菌同士の会話がどのように行われているのか、お話していきます。細菌同士の会話の方法には名前がついていて、クオラムセンシングと呼ばれています。クオラムセンシングとは、細菌がホルモン様物質を細胞外に産生することで、情報伝達を行う仕組みを指します1)。つまり、細菌同士は物質によるコミュニケーションを行っているのです。

私達ヒトに例えると、互いの"匂い"によって情報伝達をするイメージです。クリスマスプレゼントでもらった香水の匂い、昨夜食べたラーメンに入っていたタップリのニンニクの匂い、山を歩いていると感じる獣の香り… 私達は外界の状況を何となく、匂いによって把握します。匂いを感じるのは、鼻腔に存在する嗅覚受容体によって、揮発している分子の存在を電気信号として感じ取ることができるためです。ですから、匂いとは物質的な情報伝達機構であり、クオラムセンシングと似ていることがわかります。

ここでのクオラム"Quorum"とは、定足数と呼ばれる会議の成立に必要な人員の数としての意味があり、一定の菌数が集まることで細菌のコロニーやバイオフィルム全体としての機能が発現することから、1994年E.P. Greenbergらによって名付けられました2)。論文の一部を引用します。

We describe this minimum behavioral unit as a quorum of bacteria. LuxR-LuxI type systems provide an effective though not unique way for bacteria to take a census of their numbers. The LuxR and LuxI homologs so far discovered play roles in cell density-responsive regulation during interactions between bacteria and plant or animal hosts.

Fuqua, W C et al. “Quorum sensing in bacteria: the LuxR-LuxI family of cell density-responsive transcriptional regulators.” Journal of bacteriology vol. 176,2 (1994): 269-75.

意訳しますと、「我々は、細菌の振る舞いの最小単位をクオラムと表現する。クオラムセンシングの一種であるLuxR-LuxI系は、細菌コミュニティにおける同意を取る上で効果的である。これまでに発見されたLuxR-LuxI系は、細菌の密度依存的に遺伝子の発現量を制御する役割をになっている。」ということです。つまり、細菌の最小単位としての密度が揃うことで、細菌の遺伝子発現量が特異的に制御され、ある機能を発現するのです。

クオラムセンシングの仕組み

最後に、クオラムセンシングの仕組みについて簡単に解説します。

クオラムセンシングの仕組み については、Naka Research Groupさんのクオラムセンシングに関する解説記事が参考になりますので、本記事を骨子に概要をお話します3)。

登場するのは、細菌の放出するホルモン様物質である自己誘導因子(Autoinducer)です。基本的なクオラムセンシングの流れは次の通りです。

まず、細菌が自己誘導因子を生産し、放出します。細菌が増殖すると、自己誘導因子の産生量は増加するので、結果として細菌を取り巻く環境中における自己誘導因子の濃度が増加します。自己誘導因子と結合するレセプターと自己誘導因子の結合によって、自己誘導因子は細菌によって認識されます。レセプターはいわば、細菌にとっての鼻です。ここで重要なのは、細菌の鼻に複数の自己誘導因子が同時に結合することで、初めて信号として細菌に認識されます。

原著論文のネタバラシとしては、LuxIが自己誘導因子を合成する酵素、LuxRがそのレセプターです!これらを併せてLuxR-LuxI系と呼んでいました。

細菌同士の会話に使われるホルモン様物質としての自己誘導因子は、細菌種に特異的なものから、細菌間に共通するものが知られています。前者はその細菌にしか伝わらない言語であるのに対して、後者は細菌の公用語というアナロジーが成り立ちます。

このクオラムセンシングが、バイオフィルム内のコミュニケーションを担っています。というか、クオラムセンシングの仕組みがないと、バイオフィルムの形成がうまく進みません。

次回は、クオラムセンシングによって成り立つ、バイオフィルムの形成過程についてお話していきます!

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本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

1) 舘田 一博, 木村 聡一郎, 山口 惠三, 3.バイオフィルム感染症とクオラムセンシング, 日本内科学会雑誌, 2010, 99 巻, 11 号, p. 2677-2681.

2) Fuqua, W C et al. “Quorum sensing in bacteria: the LuxR-LuxI family of cell density-responsive transcriptional regulators.” Journal of bacteriology vol. 176,2 (1994): 269-75. doi:10.1128/jb.176.2.269-275.1994

3) Naka Research Group、クオラムセンシング Quorum Sensing、Chem-Station、Access: 2023/01/23、URL: https://www.chem-station.com/chemglossary/biochem/2022/09/quorum-sensing.html.

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