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#79 腸内環境理解のための生物学入門。Part9: DNAを読む技術、サンガー法。

現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

腸内環境を理解するために必要な生物学の素養を身につける本シリーズ。第9回目のエピソードでは、DNAの塩基配列を読む技術であるサンガー法についてお話します。 前回の復習を交えた上で、本編に入っていきましょう!

このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!

DNAを読む技術とは何か?

まずは、前回の復習からお話します。DNAはヌクレオチドのポリマーであり、ヌクレオチド同士はホスホジエステル結合によって繋がっています。DNAは2本で1対の二重らせん構造をもっており、2本のDNAは水素結合と呼ばれる静電気的な引力により結ばれています。そして、ヌクレオチドを構成する塩基こそが水素結合の正体であり、水素結合は決まった塩基の間で成り立ちます。具体的には、アデニンとチミン、グアニンとシトシンの間で水素結合が形成しています。塩基のペアが決まっているからこそ、二重らせん構造を形成するDNAには相補性と呼ばれる、片方の配列が分かればもう片方の配列も分かるという性質が備わっているのでした。ここまでが復習です。

このように、DNAは通常二重らせん構造を取るので、2本で1つとして考えます。特に、塩基同士は水素結合によってペアを形成しているので、塩基配列の最小単位を塩基対:Base Pairと呼びます。

では、DNAを読む技術とは、どのような技術を指すのでしょうか?それは、DNAを構成する塩基対の配列の順番を明らかにする技術といって良さそうです。塩基対の順番に従って、mRNAへの転写は行われ、ついでタンパク質の合成が進行します。したがって、タンパク質の情報を根源的に担っているのは、そして実世界での分子機能を制御しているのは塩基対の順番=塩基配列とみなせます。ですから、塩基配列を明らかにすることこそ、DNAを読む技術であると言えそうです。では、DNAを読む技術、サンガー法のお話を始めます。

遺伝情報を読むサンガー法

サンガー法の概要と材料

サンガー法とは、イギリスの生化学者であるフレデリック・サンガーによって開発された手法で、ジデオキシ法とも呼ばれます。サンガー法により、長さ1100塩基対までの配列が98%の正確性で迅速に決定できる様になった点1*は、分子生物学上のブレイクスルーであると言えるでしょう。

DNAの塩基配列を決定するためには、次の材料が必要となります1*。

  • 解析対象となるDNA

  • 複数の制限酵素

  • マグネシウムイオン

  • プライマー

  • DNAの材料となる2'-デオキシリボヌクレオチド3リン酸=ヌクレオチド

  • 蛍光分子がついた2',3'-ジデオキシリボヌクレオチド3リン酸

  • DNAポリメラーゼ

  • 電気泳動装置

  • 蛍光分析装置

沢山の実験材料が登場しましたね。中には、前回お話した制限酵素も登場します。では、順を追ってサンガー法のプロセスを見ていきましょう。

サンガー法のスタート:DNAの断片化とプライマーの結合

ここでのお話の前提として、細胞から解析対象となるDNAは抽出されているものとします。

解析対象のDNAを、様々な制限酵素によって切断していきます。これによって、任意の場所で切断されたDNAの断片が手に入ります。

特に、ここで得られるDNAの断片の末端の塩基配列は、この時点で分かっています。なぜなら、II型の制限酵素を使用することで、任意の配列を切断できるので、切断後のDNA断片の末端は既知の配列が分割された配列となるからです。ここで、マグネシウムイオンは制限酵素の補因子として、活性化のために必要となります。

ここまでに、末端の塩基配列が既知の、DNA断片を得ることができました。ここから、プライマーの添加をしていきます。

プライマーとは、これも同じくDNA断片です。制限酵素によって切断されてできたDNA断片の3'末端と呼ばれる側に相補的なプライマーを添加します。この操作を理解するために思考実験をしてみます。

ある溶液に、1本のDNAが浮いていたとしましょう。ここに、ある小さなDNA断片を加えたとします。そこで、偶然にも1本のDNAの一部の塩基配列に相補的な配列をDNA断片がもっていたとします。

しばらく溶液を放置していると、1本のDNAの特定の領域には、後で入れたDNA断片が水素結合により繋がっています。

なぜかというと、ある特定の配列に最も相同なDNA断片を入れるということは、ある特定の配列と最も沢山の水素結合を形成できるDNA断片を入れること=水素結合により最も安定性の高い状態になれるということなのです。

この現象を利用することで、DNAの特定の領域に相補的なDNA断片を結合することができます。

プライマーは、制限酵素の断片配列に選択的に結合します。現在、断片化されて、かつプライマーの結合したDNA断片がフラスコには入っています。

サンガー法:ヌクレオチドの添加とDNA合成

続いて、DNAの材料となるヌクレオチドを二種類フラスコに入れます。1つは、解析対象のDNAを構成するヌクレオチドと同様のものです。

もう一方は、ホスホジエステル結合に使われるデオキシリボースの水酸基がデオキシ化されたジデオキシリボヌクレオチド3リン酸です。

前者のヌクレオチドはDNAの伸長を続けられるのに対して、後者のジデオキシ化されたヌクレオチドはDNAの伸長を続けることができません。これらを入れることによって何が起こるのでしょうか?

さて、ここでDNAを伸長させる酵素であるDNAポリメラーゼをフラスコに添加します。DNAポリメラーゼはプライマーの結合した領域を認識して、断片化された一本鎖DNAの相補性を利用して相方となるヌクレオチドをプライマーに結合していきます。

ここで重要なのが、先程登場した2種類のヌクレオチドです。大体の確率ではDNAの合成反応を続けることができるタイプのヌクレオチドが入ってきますが、少しの確率でDNAの合成反応を続けることができない=ホスホジエステル結合を形成できないヌクレオチドが入ってきます。DNA合成を続けられない、ジデオキシ化されたヌクレオチドには蛍光分子がくっついていることを覚えておいて下さい。

サンガー法のスタート:DNAの分離と配列決定

では、ここまでの反応によりフラスコに入っているものを確認してみましょう。それは、もともと制限酵素によって断片化されて生じたDNA、DNAポリメラーゼ、そして断片化されて生じたDNAに相補的な塩基配列をもつDNAです。元のDNAに相補的な塩基配列をもつDNAの末端は、プライマーと蛍光分子がくっついているヌクレオチドです。

では、ここで得られた、合成された相補的なDNAを長さに応じて分離していきます。方法は電気泳動と呼ばれる方法を使用します。電気泳動は、ゲル≒電気を通すゼリーのようなものの両端に電圧を印加して、電荷をもつ分子の分離を行う手法です。ざっくりと、ごちゃまぜのDNAをDNA断片の長さに応じて整列させることができる手法と考えましょう。これによって、1塩基の違いしかないDNA断片も分離することができます。

最後の工程として、長さ順にDNA断片の蛍光分析を行います。蛍光分析とは、蛍光性の分子に対して励起光と呼ばれる特定の波長の光を照射することで、物質の存在を確認したり特徴づけるための手法になります。蛍光性の分子というのは、ある波長の光エネルギーを受け取ることで、蛍光と呼ばれる光を放出する性質のある分子です。ここで、塩基に応じてことなる蛍光分子をジデオキシ化されたヌクレオチドには結合させておくことが重要です。このあとすぐに理由が分かります。

1塩基ごとにDNA断片に長さ順で並んでもらい、蛍光分析を行うことで、その末端は必ずジデオキシ化されたヌクレオチドであることから、塩基に応じた蛍光を放ってくれます。つまり、塩基配列に則った順番で蛍光を発してくれる様になるのです。これを、様々な制限酵素を使用して行うことで、色々な領域で切断された塩基配列を蛍光分析により特定できるようになります。

これらの断片化された塩基配列を、塩基配列の重複部分を利用して組み合わせることで、1本のDNAの配列を知ることができるのです。これが、サンガー法の全貌です。

サンガー法は、ヒトのゲノムに立ち向かう

前回と今回のエピソードで、塩基配列を読む基本的な技術についてお話しました。少し長い道のりでしたし、難しい点もあったと思います。分からないことがあれば、他の資料や教科書を参考にするなり、SNSで質問を投げるなりしてみて下さいね。

次回は、塩基配列の決定方法を知った私達が、ヒトのゲノムを解読するストーリーについてお話します。

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今回はとっても長旅でしたね…!
本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

*1 J.E. McMURRY, E.E. Simanek (2007), Fundamentals of ORGANIC CHEMISTRY 6th edition, 16・14 DNAの配列決定, 483. 訳) 伊藤椒, 児玉三明.

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