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#30 炎症性腸疾患の増悪と腸内細菌の関係

現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

今回は、炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory Bowel Disease)と腸内細菌について取り扱います。炎症性腸疾患は、慢性的に腸での炎症を起こす病気です。クローン病や潰瘍性大腸炎は、IBDに含まれる病気です。現在、根本的な治療法が無く、腸内細菌の関与が示唆されています。

近年、日本においてもIBD患者数は増加の一途をたどっており、健康福祉上の重要な課題と言えます。

今までは、腸活と腸内細菌について取り扱ってきましたが、今後は炎症性腸疾患や大腸がん、神経変性疾患などの疾患と腸内環境についてもコンテンツを増やしていけたらと思います!気になるテーマがあれば、コメント欄やSNSから教えて下さいね。

この内容は、ポッドキャストでもお楽しみ頂けます!

https://open.spotify.com/episode/2BAZAsttMPHRSorOpNGkSk?si=zovkTi6xTBy_LfeQJiDf4A

IBDの炎症は何を原因としてどのようにして起こるか?

IBDにおける炎症は、遺伝的要因が関連するとされています。

理研による2015年の報告では、人種横断的にヒトゲノムの調査を行った結果、疾患に関連する遺伝子を数十箇所特定しています。その中には、腸内細菌と免疫に関連する腸管上皮バリアや、免疫細胞であるT細胞に関連する遺伝子も含まれていました。

炎症が起こる原因としては、腸内細菌に対する過剰免疫であることが指摘されています(参考文献:Khor, B., Gardet, A. & Xavier, R. Genetics and pathogenesis of inflammatory bowel disease. Nature 474, 307–317 (2011))。

では、炎症はどのようなメカニズムに基づいて起こるのでしょうか?観察結果では、活性酸素種や活性窒素種と呼ばれる、反応性の高い化合物の関連が指摘されています。特に、IBD患者の腸内では炎症反応に伴って、異物を排除するために攻撃を目的として、免疫細胞から活性酸素種や活性窒素種が放出されるのです。

活性酸素種や活性窒素種は、構造の中にラジカルと呼ばれる不安定な電子を含みます。電子は通常、1対となって原子間で共有されます。電子の共有によって、共有結合と呼ばれる結合が作られ、原子同士は安定的に分子を形成できるのです。しかし、活性酸素種を始めとした反応性の高い分子は、対を形成していない、対を作りたい電子を含んでいるため、周囲のタンパク質などを攻撃します。これが、活性酸素種や活性窒素種の反応性が高い理由です。

今回の研究でも、活性酸素種や活性窒素種が、腸内細菌と関係してきます。

IBD増悪時にはルミノコッカス・ナーバスが増えている

今回紹介する研究の方法を説明します。基本的には2つの集団を分析対象としています。1つ目の集団は15人の炎症性腸疾患患者と3人の健常者、2つ目の集団は5人の炎症性腸疾患患者と9人の健常者を含んでいます。それぞれの患者について、約1ヶ月間隔で糞便を採取しています。

炎症性腸疾患患者には、クローン病患者と潰瘍性大腸炎患者を含んでいます。クローン病患者にはHarvey-Bradshaw指標、潰瘍性大腸炎患者にはSimple Clinical Colitis Activity指標に基づいて、炎症の程度を調査しています。

IBD患者と健常者の腸内細菌を調査すると、IBD患者について通性嫌気性細菌の相対存在量が増大していることが示されました。また、偏性嫌気性細菌であるが相対存在量が増大している細菌種として、Ruminococcus gnavus(ルミノコッカス・ナーバス:ナーバス菌と呼称)という細菌が増加していることが確認されました。

例えば、相対存在量の最大値を比較すると、IBD患者では69.5%もの値を示したのに対して、健常者では1.06%でした。また、IBDの増悪と寛解とナーバス菌の相対存在量の関係を調査すると、有意な相関は確認されませんでしたが、炎症を示す指標のピークと相対存在量の増大が対応していました。

しかし、疑問が浮かび上がります。ナーバス菌は偏性嫌気性細菌なので、IBD患者の腸内環境、つまり活性酸素種が多く存在する環境には耐えられないのでは無いか、と考えられるからです。偏性嫌気性細菌は、酸素が存在する環境では生存できないのです。

そこで、健常者およびIBD患者の有するナーバス菌の持つ代謝機能について調査しました。すると、IBD患者の有するナーバス菌には、活性酸素種や酸素などの酸化ストレスに対応する酵素の遺伝子が含まれていたのです。ナーバス菌が環境に適応していることを示唆しています。

また、腸管内の粘膜に存在する糖鎖を資化する遺伝子も確認されました。この遺伝子は、細胞表面に存在する糖鎖であるシアル酸のトランスポーターであり、腸管バリアの破綻に寄与することが示唆されました。

今回の研究をまとめます。

  • IBD患者では通性嫌気性細菌の相対存在量が増大し、偏性嫌気性細菌としてのナーバス菌が増加していた

  • ナーバス菌はIBDの増悪と共に増加していることが示唆された

  • IBD患者の腸内環境には、健常者と異なる機能を持ったナーバス菌が存在しており、腸管バリアに悪影響を及ぼすことが示唆された

炎症性腸疾患は、腹痛や下痢、血便や発熱などを伴い、増悪が進むと腸管組織を損傷してしまう、患者にとって大変な疾患です。腸内細菌の観点から、炎症性腸疾患に対する理解が進み、現在は存在しない根本治療法が一日も早く提示されることを願っています。

わからないこと、難しいこと、紹介してほしいことがあれば、TwitterやInstagram、Noteコメント欄にてメッセージお待ちしております。

それでは、本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

Hall, A.B., Yassour, M., Sauk, J. et al. A novel Ruminococcus gnavus clade enriched in inflammatory bowel disease patients. Genome Med 9, 103 (2017). https://doi.org/10.1186/s13073-017-0490-5

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