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WCS③

これを書くべきなのかどうかは今なお悩んでいる。しかしブログの良いところは後から振り返ることであるというのは今まで言ってきた通りで、いつか思い返すため、あるいは出来事として記録するため、誤解を恐れずに言えば笑い話としてこの世に残しておくために、書いておこうと思う。

去年のWCSの実況でもあり、ロンドンに一緒に行った、なないさんのことだ。便宜上この記事では一律なないさんのことを「彼」と表現する。

話を聞いたのは、リハーサル日にキャスター4人を含む何人かお昼ご飯を食べていたころだった。特に『ポケモンユナイト』の色んな現場でお世話になっている現場スタッフのAさんからLINEが飛んできて、「ちょっとお伝えしたいことがあるので、近くにいます?」と伝えられた。どうせすぐ現場に戻るのに、なぜ我々のいるスパゲッティ屋までAさんが来るのかよくわからなかったけれど、どうせいつもの悪だくみか何かなのだろうとその時は思っていた。

あわただしくやってきたAさんに、キャスター陣4人が呼び出されて店の外で話を聞くと、伝えられた内容に僕は唖然とした、というよりは理解が追い付かなかった。彼が死んでしまったと。今日の夜に発表があるらしいと。そのことを伝えて、Aさんは足早に去って行った。何をどうすればいいのかわからなかったけれど、ひとまず座席に戻る他なかった。

スパゲッティ屋には事態を伝えられなかった人もいたものだから、いつも通り振舞う他なかったが、振舞えていたのかどうかはわからない。その時は少なくとも考えないようにするしかなかった。何かふわふわとした感覚が頭の中を漂っていたが、僕が注文したオクラとなめこと山芋の和風醤油スパゲッティはちゃんとおいしかった。こういう時には食べ物の味がしなくなるとよく言われている気がするけれど、あれは嘘だと思った。

しかし、その後の会場に戻って行ったリハーサルや台本の読み合わせはまったく頭に入ってこなかった。文字を読んでも目が流れてしまうし、言われたことが耳を通り抜ける。しっかりしなければと思いなおすも、次の瞬間にはまた言われたことが耳から通り抜けている。その時は他の人がそんな素振りを見せないのでしっかりしてるなあと思っていたのだけれど、後から水上に話を聞いた時には「似たようなものだった」と言っていて、なんだみんな同じだったのかと、少し安心した。

リハーサルが終わった後、解散してご飯を食べにいく段になった。僕はどうしても寿司が食べたかった。せめて何か自分の食べたいものを食べなければ明日をやっていけない気がしたから、キャスター4人でご飯を食べるところを断ち切ってかなり強引に、一人で寿司を食べに行った。そうしたら水上もついてきたので、二人で寿司を食った。回転ずしではない、普通の大衆寿司屋だったのだけれど、水上から「こういう店ってわさび抜いたら怒られますか?」と、マジで普段外食しない人間の質問をされた。水上らしいなと思いつつ、「大丈夫だよ」と答えた。

僕らは二人とも対戦ゲーマーの煽り文化を通ってきている人間なので、根が終わっている。だからその時は信じられないくらい不謹慎なことを言って、笑うことでしか会話を成立させることができなかった。普段の人前ではもちろんしないしできない、あえて悪すぎることを言って笑いあうことで、ようやくコミュニケーションができた。例えば「タイミングが嫌がらせすぎるだろ」とか、「あいつマジで終わってる」とか、そういう言葉だ。

録音されていれば炎上必至の会話しかしていなかったが、僕たちはそのことを頭の中ではわかっていても、そうした会話を続けていた。それくらい、余裕がなかった。この気持ちに整理のつかない状態で僕たちは明日本番を迎えるのであり、彼と関係のない多くの人たちにとっては、笑顔で大会を楽しむ自分を見せるのが望ましいという現実が、重かった。

前日、会場やポケモンセンターをめぐる中で、アジアリーグ中に彼と喋っていたことを思い出した。彼が言っていたことを要約すると、「色々な手違いや都合があって今回のWCSにキャスターとして参加できない。本来はむちゃくちゃに参加したかったので出れなかったのが悔しい。楽しんでいる姿を見せられたら発狂してキレる」と言っていた。僕はその場で「クソ楽しんでる画像をLINEで連投します」と答えたから、キャスター4人で楽しんでいる写真を積極的に撮っていた。普段あれほど自分の映った写真を撮らない僕が積極的に写真を撮っていたのは、何を隠そう彼に嫌がらせをするためだった。

写真を撮ったその時にそのまま送ろうか迷いつつ、コンプライアンスを考え、一般に会場が解放される明日に写真を送った方が色々と安全だなと考えて、その日には送らなかった。しかしそうしたことによって、僕は送るタイミングを永遠に失うことになった。もし、あの時、コンプラを気にせず会場で楽し気な様子をなないさんに送っていたら届いていたのだろうか。彼をちゃんとキレさせることができたのか?あるいは連絡を取ることができたのか?そんなことをどうしても考えてしまった。

寿司を食べた後はホテルに戻って明日に控えたWCSの本番に向けて、長い時間をかけて作った資料に情報に抜けがないか精査したり、改めて今までの大会の動画を見返したりしていた。しかし、去年のWCSの試合を見返していても、アジアリーグの試合を見返していても、彼は「出てくる」。そのたびに感情が揺さぶられて、控室や飲み会の席で何度彼の口から何度聞いたかわからない「終わってる」という単語が音声付きで再生された。

終わっているのはお前だ。あまりにも仕事にならないからと気分転換にLINEを開くも、

このありさまであり、この時ばかりはホテルの部屋で一人はっきりとキレた。全部出てくるじゃねえか。なんなんだよ。この先僕が生きているうちにあるかもわからない、WCSの日本開催で、横浜市と共同して、街がポケモンに包まれているその圧倒的なスケールのイベントの、彼も本当は出たかった大舞台で演者として明日を迎えるのに、ここまで嫌がらせをしてくる奴があるか。不謹慎なことは承知だが、対戦ゲーマーとしてはこれが彼が出れなかったことに対する僕たちに対する嫌がらせとしか思えなかったし、彼は死してなお画面端からニヤニヤしながら謎のトゲを生やしてくるJP使い(JPとは、『ストリートファイター6』の彼の持ちキャラであり、クソキャラである)だった。ひどい話だ。

僕が楽しんでいる画像を送って死ぬほど嫌がらせしようとウキウキしてたのに、明らかに僕の方が嫌がらせをされている。これが天罰だとその時ばかりは思った。同時に、画面端でJPのトゲをガードし続けている僕のマノンが脳裏に浮かんだ。前日の準備はもうどうにもならないと最低限で終わらせ、半ば諦めてしまった。

そんな状態でまともに寝れるわけもなく、その時たまたま開いていたどぐらさんの配信を聞きながら横になっていた。彼の話をしていた。それまでそんな気持ちにもならなかったのだけれど、配信を聞いていたら急に涙が止まらなくなってしまって、情けないことに、ホテルの部屋で一人わんわん泣いてしまった。何が悲しいのかもよくわからなかったけれど、とにかく急に感情があふれ出してしまって、涙が止まらなかった。恥ずかしい気持ちはいつからかなくなって、思い切り泣き続けたら、疲れてしまったのか、いつの間にか寝てしまっていた。

朝起きた時、自分のベッドの様子を見たら、思わず笑って写真を撮ってしまった。写真を張るけれども、思ったより汚いので注意してスクロールしてほしい。



中年男性の涙はあまりに汚い。中年男性の涙は描写としても現実としても汚いのだなと変に納得しながら、清掃に入る人に何か変な勘違いをされそうで嫌な気持ちになった。

本番を迎えたあとのことはあまり覚えていない。とにかくやるしかなかったから、いつもよりも少しだけ気を張って、ステージに上がった。気づいたら気を張りすぎたのか声がガラガラで、聞き苦しい声になってしまっていて、なんとも情けなく、仕事としては三流だったと反省している。

実はもう少し込み入った話もあるのだけれど、これは10年後にしよう。10年後に僕が生きていたら、またしようと思う。

なないさんへ。僕はこれからも、今までと同じようにあなたに悪態をつき続けると思います。ロンドンのホテルで深夜に警報機が鳴り、僕が半ば海外の地でトラウマになっている時、LINEで警報機のアップの画像をわざわざ送信してきたことを僕は死ぬまで忘れませんから、生きている限り絶対にやり返し続けます。僕の言いたいことはそれだけです。

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