2022年11月5日NHK-BSP「引き裂かれたベートーヴェン その真実」余録

NAKAGAWA Tadashi(中川 直)

番組の概略については下記リンク参照。

往年のレコードプロデューサーの肉声に驚く

東西ドイツが統一から30年以上経ち、「冷戦」「東ドイツ」という言葉が死語になるなか、ベートーヴェンを通じてあの時代の風景を描く試みは面白かった。
ベートーヴェンの生まれ故郷ボン以外の主要文化都市であるライプツィヒ、ドレスデン、ヴァイマール、もちろんベルリン(西半分を除く)が全て旧東ドイツの領域だった事実は、当時を知らない世代の視聴者には学びとなったはず。
番組の企画原案は、これまでの「玉木宏 音楽サスペンス紀行」同様、菅原冬樹。関係者への取材を軸にストーリー仕立てにまとめる手慣れた構成。

個人的一番の「収穫」は東西両陣営の大物レコードプロデューサー、元ドイツ・グラモフォンのギュンター・ブレーストと元ドイツ・シャルプラッテン(旧東ドイツの国営レコード会社)のディーター=ゲルハルト・ヴォルムが健在でインタビューに応じたこと。

まずブレースト。番組では近い関係とされたカラヤン指揮によるベートーヴェン交響曲全集録音の制作過程からベートーヴェンを「ビジネス化」した側面を中心に語った。1963年完成のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地フィルハーモニーはいわゆるベルリンの壁に近く、カラヤンとベルリンフィルのコンビは西側陣営の繁栄と力を象徴する存在だった。

彼の名を一層高めたのは1980年代のカルロ・マリア・ジュリーニとの縁。家族ぐるみの付き合いで信頼関係を築き、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのブラームスやブルックナーなど、いまなお逸品とされる音盤を世に送り出した。
そしてジュリーニとのプロジェクトが終盤に差しかかった1988年、ブレーストはライヴァルのCBSマスターワークス(1990年からソニー・クラシカル)に引き抜かれ、クラシック部門の長となる。ちょうどCDが定着した時期、大物の移籍は業界内で注目された。

ブレーストはニューヨークにあったレーベルのオフィスをドイツ・グラモフォンと同じハンブルクに移し、1989年4月にベルリンフィルを離任したカラヤンとウィーンフィルの録音プロジェクトを目論んだが、同年7月のカラヤンの急逝で水泡に帰した。
それでも人脈を生かし、懇意のジュリーニやカラヤン後のベルリンフィルの芸術監督に就いたクラウディオ・アッバードの録音を進めたほか、世界一有名なクラシック音楽イヴェントである毎年恒例ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートの録音販売権を獲得した。
ウィーンフィルとの関係は継続的に発展し、2012年以降のニューイヤー・コンサートと2013年スタートの夏のシェーンブルン宮殿コンサートの録音ならびに映像はソニー・クラシカルから世に出続け、レコード業界の米びつとなっている。

ただ、他の録音物はソニークラシカルに限らず、だんだん売れなくなった。
理由としてはやはり「クラシック好きじゃなくても知っていた」カラヤンの喪失と、レコード業界(と音楽評論メディア)が売上維持のため「疑似カラヤン的存在」を作って寄りかかろうと不毛な努力を続け、新しい音楽ファンの開拓や違うタイプの音楽家の発掘を怠ったことが挙げられる。
その最大の「被害者」は資質と異なる「役割」を求められたクラウディオ・アッバードだろう。
1995年1月、ブレーストはレーベルトップの座から降りた。
現在の視点から振り返ればブレーストの移籍がクラシック音楽レコード産業衰退の始まりに感じる。

もうひとりのヴォルムは元々指揮者志望の人物。
プロデューサーとしては、番組で語ったように2大古参楽団のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下ゲヴァントハウス管弦楽団)とシュターツカペレ・ドレスデンのブランド力を生かし、1970年のベートーヴェン生誕200年を見据えた全集録音に取り組んだ。さらにEMIなどと共同制作を推し進め、「西側」の有名指揮者ベーム、カラヤン、サヴァリッシュをシュターツカペレ・ドレスデンと組ませ、話題作を送り出す。
ところが、こうした野心的な動きが組織内の不興を買ったのか、1970年代前半にどうやらヴォルムは失脚。やむなく(?)プロデュースした音楽家のつてを生かし、指揮活動にシフトしてドイツの地方楽団のポストを得た。1981年4月には東京都交響楽団の定期演奏会に登場している。

今回短い時間だが、いわば「レコード芸術の黄金時代」を東西で支えたプロデューサー2人の話が聞けたのは望外の喜び。
なお、エンドロールの「資料提供者」にシュターツカペレ・ドレスデンのかつての名ホルン奏者ペーター・ダム、1985年のゼンパー歌劇場(ドレスデン)再建記念公演シリーズでR.シュトラウス「薔薇の騎士」を振ったヴォルフ=ディーター・ハウシルトがクレジットされていたのにもビックリ。

冷戦前後をしたたかに生き抜いた指揮者たち

番組の後半は、ライプツィヒの音楽出版社ペータースと指揮者で音楽学者のペーター・ギュルケによるベートーヴェンの交響曲全曲校訂スコア編纂プロジェクトが主なテーマ。

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