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20年以上ぶりの「ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間」はいいぞ

※以下、映画「ロード・オブ・ザ・リング」=LotR、「旅の仲間」=FR です。

アマプラが全力投球をしている「力の指輪」のプロモの一環なのでしょうが、このたびLotR三部作が映画館でIMAX上映される運びになった。
いちファンとしてとても嬉しく思うとともに、これを機に原作『指輪物語』を手に取る人が増えると嬉しい。
瀬田貞二訳こそ正義。

さて、わたしは「力の指輪」はまだ見ていないのでそちらの話はLotR、というよりトールキン教授ガチ勢のみなさまにお任せするとして、今回は作品視聴ですら7〜8年ぶり、映画館で見たのは20年以上前、というこの奇跡の再会の感想を書いてみたい。

「力の指輪」情報が出始めて、普段トールキン周辺の情報収集をしていないわたしの耳にもその話が入ってきたころ、「海外ではすでにリマスター版の20周年記念DVDが出ているが、日本ではまだか」という話も目にしていた。
日本でもようやくリマスター版が発売されたようだが、価格が価格なだけに、いまだに手を出せないでいる。
高いって。
知ってたけど。

わたしの『指輪物語』遍歴

わたしの『指輪物語』入門は、映画の予告編だった。
おそらくハリポタでも見にいった、その時にLotRの予告編が流れた。
とんでもないものが来る、と悟った。
映像で見る前に必ず原作を読まなければならない、と固く心に誓った。
単行本にして全7冊という分量に慄きながら、序章から一文字も飛ばさずに耐えて本編に突入した(序章は「初読時は飛ばせ」と言われるほど、初読時には意味がわからない)。
ものすごい物語を読んだ。
7冊読み切って、FRに臨んだ。
だからわたしの元のイメージは原作なのだが、どうしても予告編の映像(冒頭の第二紀末の戦いのシーンとか、ナズグルの追跡とか)は脳内に残ってしまっているので、完全に原作よりだとは言い切れない。

ともかく、FRを映画館でみたわたしは、「原作のイメージ通りじゃん!すごい!!」とひたすら感動した。
何度も映画館に通ったし、DVDは当然スペシャルエクステンデットエディションを買った。
TT、RKと、段々と「これは……」というシーンも増えたりしたが、LotRの映画化自体は、総じて大成功の部類だったと思う。
それは今でもそう思う。

さて、それから20年以上が経った。
IMAXという映像体験と、子供から大人になった今の物語の解釈、原作付きの映像化の問題点、と、1回の視聴でいろんなことを考えた。
それをこれから、思い出せるだけ書き連ねようと思う。

IMAX、実質4DX

何がやばいって、IMAXで見る、という体験自体がやばい。
スクリーンが大きい。
スクリーンが大きいと没入感がものすごい上に、作り込まれた細部までよく見える。
そして色調の調整。
暗めのシーンでのコントラスト調整が特に秀逸なので、日本人には「全体的に暗い」と見えるシーンも、暗さをたもったままかなりはっきりと細部を見ることができる。
何より音響がやばい。
本当にやばい。
IMAXの音響はそれように調整されていて、会場中のスピーカーから音が出るようになっている。
右でなった音は右から、背後から近づいてくる音は背後から聞こえる。
それだけでも大変なのに、IMAXはとにかく音が大きい。
特に低音がすごい。
ドアを蹴り破るような破壊音は、そのままそれを衝撃として全身に降りかかる。
実質4DXである。

わたしは今回、E列で見たが、スクリーンを少し見上げる角度で、背中用にクッションを入れてちょうどよかった。
スクリーンを視界に収める、というよりは、没入するための席どりなので、しっかり字幕を読みつつ映像全体を把握したい人はもっと後ろの席にした方がいい。
E列の没入感は最高だったが、正直F列のほうがいいなぁ……でもプレミアムシートなんだよな、F列(高い)。

物語の展開、はっっっっっっや!

IMAX視聴に備えて、わたしは原作を読み直しはじめていた。
原作を読むのは、正直10年ぶりくらいである。
最近読書時間をあまり取れていないのも原因だけれど、文庫版で1冊読むのに2週間かかってしまった。
つまりまだ、古森に入っていない。
原作の時間の進み方は、非常にゆっくりだ。
ビルボの誕生日のあと、フロドは27年間袋小路屋敷に住み続ける。
その間に、サムが(おそらく)成人し、メリーとピピンも二十代へと成長する。
(原作ではメリーが「ビルボが指輪を使うのを見た」と発言しているが、メリーはまだ二十代だったと思うんだけどな。いま手元に原作がないので、時間軸が確認できない。)
そしてガンダルフはビルボが再び旅に出た後、何年もかけて指輪の真実を探り、それをフロドに話す。
そこから旅に出るまでに半年ほど、「あくまでも自然にお引越しをするように」みせかけて準備をし、ホビット村を後にするのだ。
そしてホビット村から仮の引っ越し先である堀窪村への移動だけで、実にFRの4分の1をかけるのである。

これが馬での移動と古文書の検証、旅や引っ越しの準備と徒歩での旅にかかる時間である。

先日『十二国記ガイドブック』の小野主上インタビューで「地図を作って、その距離を徒歩や騎獣で移動するとどのくらいかかるのか、時間感覚を大切にした」というような内容を読んだが、『指輪物語』も同様である。
歩きの旅は、我々現代人よりはるかに早く移動できるとしても、とても時間がかかる。

やー、それが。
ビルボの誕生日のあとガンダルフはあっという間にミナス・ティリスに行ってイシルドゥアの記録を見つけるし、さっさと取って返してフロドを旅に追い出すし、ナズグルはあっという間にホビット庄を見つけるし。
はやいな、展開が。
一番時間をかけたと思われるのが、裂け谷での滞在。
通り抜けるのに4日はかかるといわれたモリアの坑道は、あっという間。
何日いたのか思い出すことができないロリアンの滞在は、1泊。
アンドゥインの川下りは1日。

としか見えないんだよ、仕方がないけど。
そしてカットされまくる場面の数々。
マゴットじいさんとかトム・ボンバディルは仕方がないと思う。
ニムロデルの話も仕方がないと思う。
ベレンとルシエンを入れない代わりに、アルウェンとアラゴルンのシーンを追加したのも、映像化する上では仕方がないと思う。
思うけれども。

いやあ、とにかく展開の早いこと早いこと。
ちなみに今回の上映、スペシャルエクステンデットエディション(4時間)じゃなくて、通常版(3時間)のほうだ。
だから余計に短く感じる。

これは、次の「原作ものの映像化」問題にも関係する。

原作ものの映像化につきまとうあれこれ

原作もの、特に長編を映像化する際に立ちはだかる課題は、
「どうやって時間内に納めるか」
「どのエピソードを削るか」
「登場人物の特性を、どれだけ分かりやすく提示するか」
「どうやって観客の緊張感をキープするか」
である。

エピソードを削る

本で読めば実に数日を要する物語を、3時間という(それでも映画としては長尺な)時間に納めるのである。
エピソードをある程度削るのは仕方がない。
それはまるで、派生イベントが大量にあるRPGを最短距離で攻略するのに似ている。
イベント自体はエンディング分岐に直接関係ないが、物語の背景を教えてくれる、そんな派生イベントをばっさり切り捨てた。
それが映画のLotRである。

だからホビットたちはさっさと馳夫さんと出会うし、馳夫さんは真っ先に風見ヶ丘に向かうし、ナズグルの奇襲を受けたあとはすぐにアルウェンが迎えにくる。

キャラ立て

この辺りから、映画ならではの「登場人物の立て方」が色濃くなる。
数多くの脇役たちは、主要人物に出番をとりあげられる。
アルウェンが出てくるのはもっとあとで、原作ではほとんどアラゴルンとの絡みはないのだが、それでは最後の二人の結婚式までの盛り上がりがなくなってしまう。
かくして、アルウェンとアラゴルンのラブシーンは最低限とは言えかなりはっきりと露骨に映像として挿入された。
わかるよ。
わたし、原作読んでいたときアラゴルンはエオウィンとくっつくかと思ってたもん。
最後にアルウェン出てきてびっくりした。

物語の後半、エルロンドの会議以降は、旅の仲間たちのキャラ立てが秀逸だ。
エルフとドワーフがもともと不仲であることは、会議中の口論で見てとれるし、レゴラスもギムリも渋々といった様子で隣に並ぶ。
ボロミアは、ある意味で一番の貧乏くじを引いた人物だ。
彼は高潔で、勇気があり、己の民を守という使命を持ち、民の期待を一身に受けながらエルロンドの館へやってきた。
彼は、その時代の民が求める武将としては十分な素質と実績を持っていた。
弟のファラミアはどちらかといえば智将、伝承と歴史に精通し、物事を十分に図ってから決断するタイプだ。
武勇を誇るボロミアの欠点は、ゴンドールとその周辺までしか視野が向いていないことと、誇り高いがゆえに、歴史上ほとんど存在しなかった「王」という自分より上位に位置する存在を認めがたかった、という点だ。

結果として、ボロミアは初めからアラゴルンと対立し、指輪への欲を隠そうとしない人物として描かれてしまった。
それは彼の一面を凝縮した姿だった。

一方で、彼は若い二人のホビット、メリーとピピンにとても慕われていた。
アラゴルンがフロドを(そしてサムを)自分の庇護下に一番におく以上、メリーとピピンの世話をするのはボロミアになる。
この点で、レゴラスとギムリはほとんど役に立っていない。
エルフは他の種族には基本的に興味がなく、ドワーフもまた、自分達の手の技以上に興味を引くものがないから仕方がない。
事実、原作を読んでいてもボロミアはふたりのホビットを甲斐甲斐しく世話している。
幼い頃の弟のことでも思い出しているのだろうか。
剣の稽古をつけ、時におどけて負けて見せ、雪山ではふたりを担いで運び、戦闘ではメリーとピピンの援護をかかさなかった。
そして最期の戦いでは、メリーとピピンを守って討死にした。

映画では、最期に祖国ゴンドールのことをアラゴルン託すシーンがある。
アラゴルンは、イシルドゥアの正当な世継ぎでありゴンドールの王位を主張する権利を持っているけれど、これまでずっと「中つ国」全体を守る人生を送ってきた。
エルフより教育を受け、野伏として放浪の日々を送ってきた。
一つの国を守るという気概を、アラゴルンはボロミアから多少なりとも受け取ったのだろうか。
もちろん、ゴンドールが対サウロンにとって絶対防錆線であり、指輪所持者の任務達成のためには国をあげて戦う必要がある、とわかっていただろうけれど。

追加されるシーン

削られるシーンがある一方で、追加されるシーンがある。
先に書いた、アルウェンとアラゴルンのシーンもその一つ。
細かいことで言ったらキリがないが、モリアの坑道で崩れそうな階段を渡るシーンを入れる必要があったのか、と言われると、正直どうだろうと思う。

「崖落ち」という手法は、映画ではよく使われる。
この人は助かるのか、落ちてしまうのか、観客をハラハラさせ、物語の緊迫感を演出するには絶対的に必要な演出だ。
で、あるからして、ある程度「原作ありの映画化」を見ていると、この「無意味な崖落ち」演出が目障りになってくる節がある。
だってそこで落ちるわけないじゃん、主役やぞ。
なんならバルログの出現で絶望して、弓矢を取り落とすレゴラスのほうが見たかった。
ボロミアの死に咽び泣くアラゴルンのほうが見たかった。

結局のところ、崖落ちは原作のモノローグがあらゆる表現で物語を進め、緊迫感をじわじわと高めていくのを、視覚的にわかりやすく代替したにすぎない。

そんなわけで、今後も散々活用される崖落ちシーンをわたしは基本的に評価しない。
のだが、ここで上記の「キャラ立て」をうまく組み合わせているので、その点は評価している。
多少の亀裂などものともしないレゴラスの身軽な動きと、真っ先にガンダルフを呼ぶ選択。
リーダーが先に進んだのなら、他の者たちも従うしかないからだ。
メリーとピピンの面倒を見てくれるボロミアの優しさは上記の通り。
エルフなんぞに助けられたくないギムリが、この辺りから若干ギャグキャラ化していくのは否めないが、頑健だがエルフほどの身軽さはない、という表現は的を得ている。
やっぱり最後のアラゴルンとサムとフロドの部分だけ余計な気がするんだ。

映画化って難しいね

いろいろと思うところがありつつも、やっぱりわたしはこの作品が映画になってくれて嬉しいし、再び大スクリーンで見れたことが嬉しい。
高校生のころはよくわからなかった「原作と違う」ところも、飲み込めるようになった。
なによりも、あの世界を映像として見せてくれることが本当にうれしい。

映像化は、厳密には「原作」の映像化ではない。
原作を監督がどう解釈したか、を脚本家や役者がどう解釈したか、というのの結果なので、もうこれは「二次創作派生三次創作の集大成」といっても過言ではない。
解釈違いが生じても仕方がない。

原作ものの映像化については、波戸岡景太著の『映画原作派のためのアダプテーション入門 :フィッツジェラルドからピンチョンまで』(彩流社、2017)に詳しいので,原作あり映画にもやった経験のある人は、一度読んでみるといいかもしれない。

IMAXで見て一番良かったシーンといえば

FRの中でどのシーンが一番いいって、そりゃ当然、ガンダルフvsバルログでしょ。
異論は認める。
わたしはガンダルフの「ここは通さんぞ」が好きすぎて好きすぎて、こう訳した瀬田先生に万雷の拍手を送ると共に、原書では“You shall not pass!”となっておりまして、ここだけで記事(という名の萌語り)ができるほどです。
映画では、ここはみんな呆然としているだけだけれど、原作ではレゴラスでさえ、つまりエルフでさえ、武器を取り落として狼狽するような太古の巨悪。
それがバルログ。
そのバルログに、震えながらも一人で対峙するガンダルフのかっこよさといったら!
たまらん。
最高にかっこいい。

そんなわけで、かっこいいガンダルフを大画面で堪能するには、やはり今こそ映画館に行かねばならぬのだ。
とにかく行って。
行ける人は行って。
上映期間短いから急いで。
本当に急いで。

原作が至上であるのは当然ながら、やはりこの映画化も素晴らしいものだったと、改めて実感したIMAX視聴だった。

あ、最後に一言だけ言わせて。
映画という性質上、音声情報があるから仕方ないけど、「レンジャーのストライダー」じゃなくて「野伏の馳夫さん」だから。
そこんとこよろしく。


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