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この静けさとは、音のないことであり、動きのないことであり、無である。

#岩波少年文庫70冊チャレンジ #9冊目

ローラ・インガルス・ワイルダー著、鈴木哲子訳『長い冬 上』(岩波少年文庫、1955)[1940]

大草原の小さな家、といえば、子どもの頃NHKで再放送していたドラマを見たことがある、という記憶があります。その記憶に引きずられるように、『大きな森の小さな家』から始まるシリーズを読んだこともあります。
が、当時わたしは『シルバー湖のほとりで』まで読んだ気がするのですが、その先は読まないまま終わっていました。
この『長い冬』は、「小さな家」シリーズ全9冊のうち6冊目にあたる物語です。
(現在出版されているのは1冊本ですが、私が読んだのは古い方なので上下巻です)

ローラ・インガルス・ワイルダーについて

「小さな家」シリーズが、ワイルダーの少女時代の自伝的物語であるので、読者は彼女について、なんでも知っている気になりがちです。
ですが、彼女が物語を書き始めたのが64歳のときであることや、結婚したあと農場の経営が悪化して、職や住む場所を変えた経験などは、物語からはわからないことです。
彼女が晩年になるまで物語を書かなかったのは、生活に余裕がなかったからかもしれません。

平凡でいてドラマティックな、開拓地の生活

日々の出来事が淡々と続いていく。
そういう物語を、久しぶりに読んだ気がします。
そして、自分はそういう物語が好きだったなあ、と思い出しました。

干し草の作り方や草を刈り取る様子、動物の動きによって天候を予測すること。
そういったことは、現代のわたしの生活には無関係でありながら、そういう生活の描写が丁寧になされている物語を読むと、自分も開拓民の一員であるような、いつでも開拓にいけるような気持ちになります。

急にやってきた吹雪のせいで、家の中が凍るように寒くなっていることなどは、想像するだに恐ろしいのですが、それはローラたちにとっては、大変ではあってもありきたりの日常の一部で、そのギャップが読んでいて楽しくなります。
朝起きたらたらいの水が凍っているって、ちょっと想像ができませんが。

草原から動物たちがいなくなり、インディアンの老人が町に忠告にやってきて、一家は厳しい冬に備えて、草原の家を出て町に戻ることに決めます。
自然とともに生きる人たちの謙虚さだなあ、と思います。
きっと大丈夫さ、という楽観視と、出来る限りの十分な備えをしておく、という危機管理は両立するのです。

町が吹雪によって埋れて、汽車が到着しないために生活用品が不足していく中でも、インガルス一家はできるだけ楽しく暮らそうとします。
父ちゃんがバイオリンを弾いて、母ちゃんと子供たちが歌って、一緒に踊って、眠りにつく。
家から出られない日々の中で、吹雪が止むのをじっと耐える姿は、厚い壁の中にひきこもるジャコウネズミのようです。
人間もまた、自然の中に生きる動物なのです。

自然の中には、あらゆる音が溢れています。
風の吹く音、吹雪で建物が揺れる音、動物の動く音、鳥の泣き声。
そういったたくさんのささやかな音が、途絶える瞬間があります。
恐ろしい冬の到来を予言するかのような、生き物の音のしない静けさを、ローラは怖いと感じます。

生命の感じられない静寂。

生き生きとした描写にあふれたこの作品の中で、この無の瞬間が、長い冬よりも恐ろしいものとして印象に残っています。


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