「しあわせでありさえすれば、金なんか、なんだというのだ。」
ヒュー・ロフティング著、井伏鱒二訳『ドリトル先生アフリカゆき』(岩波少年文庫、1951,1986)[1920]
ドリトル先生といえば、この夏映画がやっていました。
わたしは見に行こう見に行こうとしているうちに、機会を逃してしまって、見に行けなかったのですが、とても楽しい映画だったようです。
吹き替え声優陣が豪華なことでも話題になっていたので、吹き替えで見たかったのですが……
ドリトル先生は児童文学のなかでも有名なシリーズですが、わたしは実は今回はじめて読みました。
子どものときに読んでいたら、獣医に憧れていたかも…… いや、やっぱりないかな?
ヒュー・ロフティングについて
イギリス生まれ(しかもメイデン・ヘッドですって!わたしがいたところの近くです)、イギリス育ちのロフティングは、工科大学で学び、土木建設や鉄道建設に従事しました。カナダやアフリカ、キューバで働き、アメリカに腰を落ち着けましたが、第一次世界大戦に従軍します。
この時代の児童文学作家の多くがそうであるように、ロフティングも戦線の悲惨な状況を目の当たりにし、そこでの経験が、作品にも反映されています。
ロフティングが心を痛めたのは、使役されている馬が、十分な手当も何もされずに、傷つき打ち捨てられているさまでした。
ロフティングは動物語のわかるドリトル先生の話を書き、一躍有名になります。
ドリトル先生の物語は12巻におよび、いまでも世界中の子供達に愛されています…… と言いたいところですが、アメリカでは人種問題の関連で絶版になった時期もあったとかで、コンスタントに出版を続けている日本は、めずらしい部類だそうです。
よくもわるくも、時代に翻弄された作家の一人かもしれません。
実は勤勉なドリトル先生
「動物の言葉がわかるお医者さんの話」ときいて想像するものとは、ちょっと違ったというのが、正直な感想です。
もちろん、冒険のわくわく、動物たちの活躍や、荒唐無稽なできごとの数々は、予想通り、とても楽しいものでした。
これは読者はみんな好きになっちゃうでしょ、わかる。
タイトルでも引用しましたが、ドリトル先生は基本的にお金に頓着しません。
お金がない患者でも診てしまうし、お屋敷に動物が多すぎて、人間の患者が寄り付かなくなったので、動物のお医者さんになってしまった、という体たらくです。
そして動物のお医者さんをやっていても、どんどんお金がなくなっていって、ついには同居動物たちにまで「このままではやばい」と思われて、家の管理を全部動物たちが行うようになります。
動物と暮らしているのが何よりしあわせなドリトル先生は、猿のチーチーの親類がいるアフリカまで往診に行くことになりますが、すでに貯金はなく、あっちこっちから借金をして旅立ちます。
無事にアフリカで治療を終えて、アフリカの動物たちに引き止められても、「借金を返さないといけないから」と国に帰ることになります。
心配した動物たちに、何かお金になるお礼を、と世にも珍しい動物をもらい、帰国後はそれを見世物にすることで、またお金持ちになります。
なんというか、世知辛い……
読んでいてくどくはないというか、ギャグの一部になっているのですが、ここまで懐事情に左右される冒険もの、はじめて見た気がします。
船旅の大変さなどのリアリティが薄い作品において、「お金」の問題はわかりやすくリアリティを与える鍵なのかもしれません。
お金には頓着しない代わりに、ドリトル先生は実はとても勤勉でした。
これも意外に思った点ですが、なんとドリトル先生、動物語は学習で身につけたのです。
なんか、生まれたときから動物の言うことがわかる、とかそういう特異体質なのかと思っていました。
ドリトル先生は、ある日オウムのポリネシアから、鳥語を教えてもらい、それをきちんとメモをしていって、すぐに鳥語をはじめ、犬語や馬語や猿語、その他ありとあらゆる動物語を話せるようになります。
ハイパーマルチリンガルです。
これだけの能力があったら、お金のことなんか考えられないよなぁ、と納得してしまいます。
旅の途中、ドリトル先生一行はあらゆる危険に出会いますが、動物たちがそれぞれの持ち味を生かして、危機を乗り越えていきます。
なにより、ドリトル先生の人望もとい動物望がとても厚いので、旅先で出会う動物たちが率先して助けてくれるのです。
親切で、親身で、誰からも好かれるのが、ドリトル先生のなによりの強みです。
物語は、アフリカへ行くよりもアフリカから帰ってくるほうが断然大変なのですが、どんな冒険があるかは、ぜひ本を読んでみてください。
一点だけ、読みながら「あー」と思い、巻末の解説を読んで「やっぱりなー」と思ったのは、黒人が出てくる点でしょうか。
いわゆる「ステレオタイプな」黒人描写なもので、これが原因でアメリカでは絶版になった時期が長いとのことです。
日本語版はどうかというと、
たしかに黒人の描写は、今からすると間違っている。
けれども、ロフティングが生きた時代ではそういう見方があったことは事実なので、その箇所を削除したり、書きかえたりすることはできない。
ということで、解説をつけた状態で出版が続いています。
アメリカでは現在も黒人問題がまた噴出していて、映画「風と共に去りぬ」も配信停止になったりと、過去作品にもいろいろと影響が出やすいお国柄のようです。
個人的には、現代の作品ならともかく、歴史物については、作品の舞台、あるいは作品が作られた時代背景をきちんと尊重し、必要であれば注意書き(現代では不適切とされる表現もありますが……等)を添えればいいと考えています。
問題を再生産しないことと、過去の価値観を無かったことにすることは、別物ですから。
それでも、ドリトル先生に出てくる黒人は、過度に残酷な感じもなくて、物語のおもしろさと先生の暖かさとが、存分にあらわれる場面であるとは思います。
ドリトル先生は、やっぱり憎めないいい人です。
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