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読者を動かす物語の力

読書メーターの記録によると、記録をつけ始めておよそ3000日の間でもっとも読んだ著者は、有川浩だった。
なんと通算79冊。
わたしは気に入った本は何度でも読むタイプだし、有川浩は作品数も多いけれど、これほどまでとは思わなかった。

エンタメ性が高いこと、サクサク読める文体であること、物語に味わいがあること。
これが彼女の作品を繰り返し読んでしまう原因だろう。

有川浩(最近ペンネームが「有川ひろ」になった)の作品と初めて出会ったのは、本ではなくてアニメだった。
知り合いから、「『図書館戦争』っていうアニメがおもしろいよ!」と聞いて、「のだめカンタービレ」をやっていたノイタミナという深夜枠での放送だった。

読書人あるあるだと思うのだが、「書店」とか「図書館」とか「作家」が題材の作品は、ついつい手を出したくなる。
だから出版不況といわれる昨今でも、本関連の書物は実用創作問わず、後を絶たないのだ。

そして、当時はまだ留学中だったわたしは、勉強の合間にこの深夜アニメにどハマりした。
めちゃくちゃおもしろかった。

図書館を舞台に検閲戦争(物理)が起こる、という突飛な設定ながら、そこに書かれる物語はとても力強くて説得力があった。


日本に帰ってきて、さっそく原作本を手に入れた。
原作4巻を手に夕方家に帰り、夕食前にちょっと、と思って読み始めた。
途中夕食をはさみ、読み続けた。
お風呂に入り、さらに読み続ける。

布団に潜り込んで、電気をつけたままさらに読む。

あとちょっと、あと1章だけ、あと半分。
あと数ページだから、次の巻の冒頭だけ。
せめて半分まで。
あと数ページ。
あと1章。
次の触りだけ。


気がついたら外は朝。
爽やかな朝日の中、4巻ぶっ通しで読みきったわたしは、優雅に朝寝を決めたのだった。

もちろん、仮眠のあと書店にかけて行って、別冊2冊も手に入れて読みきった。

読者を引き込む説得力、物語を前へ前へと引っ張っていく力強さ。
心地のよい爽快感に身を包まれ、そしてこの世界が現実になったらなんて恐ろしい、と同時に思ったことを覚えている。
その世界は、数年後にひしひしと身近に迫って来た。


さて、わたしの有川浩読み返しナンバーワンはこの「図書館戦争」シリーズだが、ほかにもよく読み返すものがある。


キケン』と『植物図鑑』だ。

わたしの中ではどちらも「飯テロ小説」扱いなのだが、『植物図鑑』はともかく、『キケン』の本筋は飯テロではない。

『キケン』― 成南電気工科大学「機械制御研究部」(通称・キケン)― の物語である。
主人公の新入生元山高彦が、爆弾魔・上野先輩に振り回されるドタバタ青春ものだ。
わたしは機械系の知識は皆無なのだが、それでもおもしろく工学系学生の苦悩とフェチを楽しむことができる。
そんな話がなぜ「飯テロ」かというと、中盤に「学祭でラーメン屋をする」というエピソードがあるからだ。

もうこの話を読んでいるだけで、鼻には鶏ガラとニンニクのスープの味が漂い始め、口の中はラーメン用に準備万端、お腹も空いてきてもうラーメンのことしか考えられない。

という状況に追い込まれるのだ。
その週のうちにラーメンを食べられる確信がなければ、読みたくないと思うほどにラーメン推しが強いのだ。
みんな『キケン』を読む前にはラーメン屋を調べておいた方がいい。


とはいえ、『キケン』のラーメンはまだ簡単に手の届く食べ物なので、それほど警戒する必要がない。

恐ろしいのは、真の飯テロ小説『植物図鑑』である。

こちらは、主人公の女性が行き倒れの美青年を拾ってしまうというベタベタ恋愛王道ものなのだが、この美青年、野草料理が大得意なのである。

とにかく出てくる料理が美味しそうでならない。
フキノトウやワラビ、ヨモギどころか、ツクシや雪の下まで食べたくなってしまう。

そしてそして、何よりも美味しそうなのが「ノビルのパスタ」である。

ノビル、という植物を、わたしはこの本で初めて知った。
見たこともないし食べたこともない。
なのにとても美味しそうで、どうしても食べたくなってしまったのだ。
ところが、もともと野草でわりとどこにでも生えているらしく、八百屋で見ることなど全くない、という、ある意味で幻の食材だった。

食べたい、でも食べられない。

そんな葛藤を抱えて数年。
たまたまその話をした友人が、「ノビルならうちの実家で取れるよ」といって山のようにくれたおかげて、わたしは長年の夢を叶えたのだった。

おいしい。
小さな玉ねぎのような球根がカリカリして、葉の部分は小葱のようで、とてもおいしい。
ベーコンとニンニクとの相性が最高である。
田舎住まいだと、こんなおいしいものが毎年食べられるのか。


物語に力があると思わされるのは、こういうときだ。
読んでいるだけでお腹が空く。
食べたことのないものが美味しくてたまらない。

架空の設定が、身に迫って危機感を感じる。
世の中の問題が、クリアに見えるようになる。

力のある物語は、何度読んでもおもしろい。

有川浩は、自衛隊、劇団、沖縄、児童養護施設、猫、高齢者など、さまざまなテーマを軽やかに読み応えのある物語に仕立てる人だ。

あなたにも刺さるテーマが、何かあるかも知れない。
基本的に読後は元気になれる作風なので、ぜひ読んでみてほしい。

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