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「著者の没後四年にして、ここに出版されることになった「シルマリルリオン」は、上古の代、即ち世界の第一紀の事蹟を記したものである。」

これがわたしがこの前の記事、「本はどこから始まっているか問題について」に書いた本のうちのひとつです。

これは編集者であるクリストファー・トールキン(トールキン教授の息子)によるもので、彼はトールキンの遺稿をまとめては出版し、まとめては出版し、おかげでいまだに日本語に翻訳されていない書籍が山のようにあるわけですが、トールキンがそれだけの世界を創っていたのももう意味がわからない偉業です。

J.R.R.トールキン著、田中明子訳 『シルマリルの物語(上)』(評論社、2002年)

わたしの持っているのは、新装版でした。
2002年発売って、そんな新しいもので読んでたかな?と思ったのですが、映画化を機に『指輪物語』を読んだので、そんなもんですね。

この物語は、序文の初めにあるように、「世界の第一紀」についての本です。

物語自体は、こうはじまります。

唯一なる神、エルがおられた。(p.13)

トールキンは中つ国がある世界を創造したわけですが、彼が行ったのは”創世神話”ごと世界を創り出すことでした。
シルマリルの物語の第1章は、世界の創造からはじまります。

唯一神エルがアイヌアを創り、エル ー アイヌアがイルーヴァタアルと呼ぶ神 ー はアイヌアに音楽を奏でさせた。
そのうち、アイヌアのなかでも力のあるもの、メルコオルがイルーヴァタアルの意にそぐわない音楽を奏ではじめ、不協和音が生まれた。
そうしてメルコオルは反逆者として追放された。
また、アイヌアは自分たちの奏でた音楽から生じた世界をみた。
イルーヴァタアルが三つ目に奏でさせた音楽からは、イルーヴァタアルの子らが生じた。
そのものたちがエルフと人間であった。

と、第1章のはじめのほうをざっっっっっくりとまとめるとこんな感じになるわけですが、いやもうこれわけわからんて。

トールキンはカトリックのクリスチャンでした。
イギリス人ですし、トールキンの生まれた時代のことを考えれば、クリスチャン以外の選択肢も特になく(日本人の「家に仏壇と神棚がある」と同じレベル)、彼がクリスチャンであることは別に珍しくもありません。
が、トールキンは自覚的にクリスチャンであったと言えると思います。

そんなわけで、わたしはこの『シルマリルの物語』を初めて読んだとき、「なんていうか、多神教の世界みたいだな?」と思いました。
もっというと、神道に似ている。
わたしは日本創世神話に詳しいわけではないのですが、あれですよね。
天照大神がいて、それからイザナミとイザナギが生まれて、それで日本列島を作って……
みたいな感じじゃなかったですか?
(違ってたらほんとすみません。)

唯一神エルがアイヌア、天使のようにも、ワンランク下の神々のようにも見える存在を創って、アイヌアを通して地球をー中国のある地球を創る、というのが、とても異教っぽく見えたのです。

別にトールキンはこの『シルマリルの物語』を、もっといえば中つ国全てに関わる物語を、キリスト教になぞらえて創っているわけではないので、異教っぽさがあっても当然だと思われます。
なぜかといえば、トールキンが目指したのは、「ブリテン島のための神話」であって、「キリスト教の再話」ではないからです。
彼は古英語の学者として、また言語学者として、ヨーロッパの多くの神話に親しんでいたでしょう。
そして、イギリスには固有の神話(ローマ神話やギリシャ神話、北欧神話のようなもの)がないことを、残念に思っていました。
であれば、彼が元にしたのはそういった”キリスト教以前”の神話であっただろうし、かつ、人間の想像力は全て(キリスト教の)神から与えられたものだとすれば、どの神話にも(キリスト教的)真理が組み込まれていると考えるのは、ある意味で当然で、そんなわけでキリスト教なんだか違うんだか、よくわからない神話ができたのではないかなあ。
と、わたしのようなトールキンにわか勢は思うのですよ。
そこんとこ詳しい方、教えてください。
トールキンガチ勢の考察と知識の深さには、到底ついていけないものでして……

それにしても、わたしはこの『シルマリルの物語』を読んだとき、ものすごく苦労しました。
なぜといって、これは「神話の断片の集まり」であって、「物語」ではないからですよ。
いや、「シルマリル」のあたりになれば、「物語」なんですけども、ほぼ「歴史文書」なので。
なので、もう一度読み直すことは、果たしてあるだろうか、と思います。

思いますけど、この『シルマリルの物語』を読んでいなければ、『指輪物語』の背後にある壮大な指輪戦争の歴史、その大前提となった、エルフ族と冥王サウロンの戦いの歴史、さらにその前提となった、ヴァラアルと魔王モルゴスの戦いの歴史がわからないのですよ。
なぜガラドリエルの奥方があれほどの力を持っているのか、ガンダルフの存在はなんなのか、アラゴルンに課せられた使命はなんなのか。
そういったことが、この『シルマリルの物語』を読むとわかるようになるんですね。
そうすると、『指輪物語』のなかでちょいちょい引き合いに出される、意味のわからない古い歌の意味もわかるようになるんです。

歴史って大変だなぁ……

歴史の大変さを知るのと同時に、こんな世界を創ってしまったトールキンという人物の頭の良さというか、創造力の凄さに、ただただ圧倒されます。
圧倒されたい方は、ぜひどうぞ。

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