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「司会者に促され、シルバーのスーツ姿が登壇した。」

煌びやかな受賞者の登場。
強い光には強い影がある、とはよくいわれますが、煌びやかな受賞者の反対に、忍びやかな何も持たない者もいる、というのが今回の本かと思います。

有栖川有栖著 『鍵のかかった男』(幻冬舎、2017)

有栖川有栖氏の著書のうち、語り手として「有栖川有栖」が登場するものは、「火村シリーズ」と「江神シリーズ」、あるいは「作家アリスシリーズ」と「学生アリスシリーズ」と呼ばれます。
前者は探偵役で分けた呼び方、後者は作中のアリスの立場で分けた呼び方です。
わたしはどちらかといえば、「火村/江神」呼びをするのですが、今作に関しては「作家アリス」シリーズと呼ぶのがしっくりきます。
アリスがほぼ単独で、ある男の謎に迫っていくからです。

本格ミステリといえば、「殺人」がテーマのものがまずあって、そのほかも「犯罪」がテーマで、いずれにせよ「犯人」を突き止めるのが目的とされています。
ところが今作でアリスが捜査するのは、とあるホテルで自殺した、ひとりの男性の死の原因を突き止める、というものです。
警察は自殺だというけれど、そんなふうには思えない、違和感がある、という知り合いの言葉から、「本当に自殺なのか、それならその動機はなんなのか、あるいは他殺であるならその犯人を見つけて欲しい」。
そんな依頼を受けます。

自殺か他殺かもわからず、現場検証はとっくに終わっており、そしてひたすらに孤独だった男の身辺調査は難航します。
死んだ男性は、ただ淡々と日々を過ごしていた、ホテルに長期滞在している一人の客でした。

ホテルというのはおもしろいところで、たとえどんなに長く滞在しようとも、客とスタッフの間には一定の距離があり、また滞在客同士でいっとき話に花が咲いたとしても、互いのことを詮索することはなく、どこの誰だかも知らないで終わることがほとんどです。

そんな、親しさと距離感のある場所で起きた死。
経歴や受賞までの苦労話などを披露する、煌びやかなスーツを身につけた受賞者とは全く反対に、出日も経歴も、日々の悩みも表に出さない、地味なスーツの男性のことを調べるのは、容易なことではありません。

という感じで、もうアリスがひたすら足で情報を稼いでいくわけですが、一種の殺人(容疑)をテーマにした作品でありながら、実像の見えない人間の姿に迫っていく、という、人間観察の趣が深い作品です。
ここまで被害者の実像に迫ろうとする作品は珍しいと思いますが、これがぐいぐい引き込まれるおもしろさ。
やっぱり人は、隠されているものを暴くことにある種の快感をおぼえるのでしょうね。
覗き見なんてのは、お下品なことではありますが、そういう野次馬根性が人間にはあります。

それにしても、いつもは火村の影にかくれて道化役に徹するアリスが探偵役を務めるのは、なかなか見応えがあります。
アリスの活躍を見たいかたは、ぜひ。

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