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魔王様、ユーチューバーになる 第一話

漆黒のローブを纏った男が2人。
石造りの祭壇へと向かう階段で話をしている。

「もはや我が魔族に残された道は……」
「魔王様の復活しかない……」

祭壇には1人の女が縛りつけられている。彼女は抵抗もせず、2人の男が現れたことに安堵するように微笑んだ。

「始まるのですね」
「ああ」
「魔王様の復活、魔王様の復活、あぁ、私はその贄に選ばれた、あぁ、なんて素晴らしい日、なんて素晴らしい生涯だったのでしょう」

1人の男がうなずき、もう1人が懐から短剣を取り出した。
冷たい祭壇に横たわるうら若き女の胸にその切っ先を突き刺した。

何らかの呪文が長く唱えられた。
2人の男は汗を吹き飛ばしながら目を閉じ、一心不乱に言葉を紡いでいる。
祭壇の真上に闇の魂が渦巻き、集まり、雲のように膨れ始めた。

「かぁ!!」
2人が目を見開き、両手を前に突き出すとその雲は閃光を発しながら弾け飛ぶ。そのまばゆさと衝撃に彼らは気圧され、後ずさった。

虚空。いつの間にか祭壇にあった深紅の死体は消えていた。
「……しくじったか?!」
「いや、あれを見よ!」
祭壇を覆っていた洞窟の天蓋が崩れ、「邪悪」と呼ぶにふさわしい肉体が降臨した。

5000年ぶりの魔界。以前より少し瘴気が澄んでいる。これはおそらく我々が魔族が劣勢に立たされているのだろう、と魔王は直感した。
新たにしつらえた王座に腰を下ろす。数段下には多くの魔族が頭を垂れている。

「此度のご再誕、魔族一同心より……」
「世辞はよい」
魔王の覇気に魔物達は恐れおののいた。
「パウーラ、前へ出でよ」
小さなしわくちゃの魔物が小さく返事をし、決して魔王の顔を見まいとしながら素早く進み出る。
「頭を上げよ」
パウーラは魔王の顔を見ると、自然と涙がこぼれた。5000年前の人類との大戦をこの英雄とともに戦い抜いた日々が、まるで昨日のことのように想起された。

「余が留守の間、魔族の統括、大儀であったぞ」
パウーラは再び頭を垂れた。身に余る光栄に肉体が緊張してしまったのであった。
「もったいなきお言葉、5000年の疲労が癒えていくのを感じております、すっかり禿げあがり醜くなってしまいましたが、魔王様が必ずやお戻りになられることのみを糧に今日まで生きながらえてまいりました」
魔王は少し微笑むと、猛々しく立ち上がり、背中のマントをはためかせ、高らかに宣言した。

「我が同胞、我が魔族、我が国民くにたみ よ、魔王は再び帰った! 総力を結集し、愚かな人間どもを滅ぼすべく、今一度立ち上がるのだ!」

轟音のような魔物達の唸り声が魔界中に響き渡った。

「して、もう予算は底をつきかけているということだな」
「はい……恐れ多くも拙魔が魔王大万歳に申し上げます、5000年における魔界での生活、なかなかに苦心しておりまして……」
「ふむ……」
魔王の不在は魔界を失望させ、疲弊させ、困窮させていた。絶対的な支配を望む魔物達は希望を失い戦う気力も、生きる気力も、生産力もだんだんと失ってしまっていた。
「人間どもはその間に内戦を繰り返し、少し前の2度にわたる大規模な戦争で宇宙の真理に気づきまして、少しばかり強力な兵器をこさえるまでに至りました」
「ほう、大和の民どもはどうなっておる、あの憎きヤマトタケルはどうなった?」
「愚かなヤマトタケルは魔王様を封印はしたものの、魔王様がお眠りになられる直前に放った紅蓮の業火により消し炭になりました、大和の民どもの間では英雄だなんだとされ、たかだか2000年ほど前の歴史に登場するいわゆる冗談として扱われております、そして大和の民でございますが……」
「どうした?」
「大和の民のみならず、人間どもはひとつになりました……」
「ひとつに?」
「はい、先の2度にわたる戦争を猛省し、二度と悲劇を繰り返すまいと、くだらぬ友情の名のもとにひとつとなり、いまやその軍勢は80億……」
「80億だと……!!」
「それどころではなく、なお軍勢の数は年々増加の一方でございまして……」
魔王は目を閉じた。80億の軍勢に我々魔族100万の民は立ち向かえるのであろうか。5000年前の大戦ではたかだか数千、数万ではなかったか。降伏という選択肢はないにしろ、和解というカードも用意しなくてはならない、と考えていた。

「……ふふふ、ふははははははは」
「ま、魔王様、いかがなされましたか?!」
「まだまだ余の頭脳は錆びついてはいなかったようだ」
パウーラが首をかしげる。
「80億の軍勢を味方につければよいのではないか」
「味方に……?」
「5000年を経て、余の顔を知る者は人間どもの中に一人として残っておらん、つまり余が人類の英雄として君臨し、奴らを統制したのち、滅ぼせばよいではないか」
パウーラは思わずまた頭を垂れた。
「ま、魔王様の慧眼、存じ上げているつもりでございましたが、拙魔の愚かさに自らを恥じております!! そ、そのような大胆かつ絶対的強力な策略、軍師でありながら考えもつきませんでした!魔王様最強最強最強最強!!! あぁぁああぁぁ、ただ疲弊を嘆くだけの愚かな私を煮るなり焼くなり……」
「世辞はよい」
パウーラは頭を上げる。
「今、愚かな人間どもの間で流行している文化を探り、余に奏上せい」
「ははぁっ!!」

「動画投稿、とな」
「はい、人間どもの間で流行っておりまする、You are The Unite BElieverとかいう略してユーチューブなる仕掛けがございまして、この仕掛けに連続した写し絵、動画を公開することで、人類にメッセージを発信できるという、魔王様の作戦にうってつけのものがございました」

全人類に言葉を届ける。洗脳。支配。まさに余が望んでいたもの。
魔王は自らの妙案に武者震いしながら、この作戦の成功を確信した。

「よかろう、余は動画投稿なるものを始める!!」
「魔王様、ユーチューブに動画を投稿する者をユーチューバーと総称するようでございます」
「なるほど」

「ユーチューバー大作戦、始めようではないか」

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