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「低将」の安藤たかゆきさんと神戸で将棋を指した話


1.安藤さんからのDM

 先々月のある日、漫画家の安藤たかゆきさんからDMが届いた。Web雑誌・マトグロッソ(イースト・プレス)に連載中の「こんなレベルの低い将棋見たことがない!(通称・低将)」の取材で関西に行くことになったので、会いませんか――というお誘いだった。

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 「低将」は、ほぼ初心者同然の安藤さんが一念発起し将棋に目覚め、様々な人と出会い対局を重ねていくエッセイ漫画だ。

 安藤さんはTwitterの相互フォロアーで、僕も何度か「低将」の感想をツイートしたことがあったし、彼の既作である「こころを病んで精神病院に入院していました。」(KADOKAWA)、「どどどもる私。~吃音って知ってる?~」(COMICりあら)の感想も書いていた。


 どちらも人生において厳しい状況に陥っても前向きであろうとすること、美しい面を見いだそうとすることの大切さを思い出させてくれる作品である。安藤さんのTwitter上でのファンとのやりとりは僕のそれとはと違い丁寧で愛情に溢れている。(僕も反応しようとは思っているんだけど、実際のところ塩と受け取られても仕方がない感じだ)

 人格者に違いない――

 とは言え、僕もそこまでピュアではない。SNSでの対応がよく、ヒューマニズムに溢れる作品をものにしているクリエイターでも会ってみるとゴミ屑だった――なんてことはよくある話。それでも、Web上で面白いと評価したクリエイターから誘われるのは嬉しいものだ。僕達は日程を合わせ、6月15日に三宮で会う約束をした。


2.阪急三宮駅西口

 外で対局できれば絵にもネタにもなるだろう――と思い、カバンに二寸盤(下画像)を詰めていこうと考えていたのだが、直前になってどう頑張っても入らないことが発覚してしまう。結局、天気も悪いので断念し、手ぶらのまま待ち合わせ場所に向かうこととなった。

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 真昼の十二時、阪急三宮駅西口のマクドナルド前で落ち合った。安藤さんは襟元の長いボーダーの上着に、はにかんだ笑顔を浮かべていた。少し前に着き、神戸北野の散策取材をしていたらしい。日に焼けているのは取材で歩き回っているからなのだろう。大学で出会う気の合う友人。そんな印象だ。お互いに「こいつ不器用で人生うまくやっていけねーだろーな」と思いながら、そのことが相手を気に入る最大のポイントなのである


3.南京町

 初対面のぎこちない空気の中、昼飯がまだということで僕が案内することになった。神戸には横浜に並ぶ中華街がある。神戸元町南京町――。僕自身、足を踏み入れるのは大学時代以来のことだった。夏祭り、花火大会、後輩の女の子。思い出は苦く甘い。

 南京町では、通りの両側に中華料理店が立ち並んでおり、次々と客引きが声をかけてくる。僕も安藤さんも客引きの声を無視してずんずん前に進んでいく。このあたりは相陰キャ戦法といった感じ。

 このままでは南京町を素通りしてしまう町が途切れる最後のところで僕はごま団子を、安藤さんは水餃子を買って外で食べたが、それでは腹は膨れず、改めて神戸駅で定食を食べ直すことになった。

4.神戸将棋クラブ

 僕との対局を「低将」のネタにしたいということだったので、対局場所として神戸将棋クラブを提案した。席主の井口高志さんがTwitterの相互であったことと、HPでみた内装が綺麗だったことが選んだ理由である。

 ただ、神戸将棋クラブに行き着くのに少し迷ってしまった。タブレットで地図は出していたのだが、話しながら歩いているとどうしても一筋ずれてしまうのである。僕は典型的な地図の読めない男で、一人で街を歩くと必ず迷う。一時はわざと知らない街で迷い歩くことを趣味にしていたぐらいだ。安藤さんにタブレットを渡し、丸投げすることでようやくクラブに辿り着くことができた。


5.安藤さんとの対局

 安藤さんと「八枚落ち」のハンデで対局をすることになった。僕の初期配置は「歩」と「玉」と「金」だけ。大きなハンデではあるが、最近こんな手合いの将棋を指すことはなかったので、どちらが勝つかは予想できない。

(↓上手は玉と金だけでとなるわけだが、上手が「王」を持つので露骨さは軽減されている。「金玉(きんたま)」というより「金玉均(キンギョクキン)」と言ったほうが格好いいので流行らせていきたい

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 これだけ大きなハンデ戦では、相手の指し手の顔を立ててうまく負けるか、意地悪な手を続けてガチで勝ちにいくかという選択が生まれる。二局目、三局目ならうまく負けることで相手の将棋へのモチベーションを高めるという考え方があるが、一局目はガチで勝ちに行こうと思った。漫画に載るかもしれないし、僕もちょっとは格好を付けたい人間なのだ

 リアルでの安藤さんは想像していた以上に強かった。安藤さんは時々Twitterでネット将棋の棋譜を上げている。いくつか目を通していたが、駒をタダ取りされる局面が多かったので、何か一枚パクッといい駒を取れれば勝てるのではないかと踏んでいた。しかし、一局を通して安藤さんはそのレベルの悪手を指さなかった。局後に聞いたところ、ネット将棋を指す時は酒が入っていることが多いらしい。素面だと2~3級程度強くなっている印象を受けた。棋士を殺すに好手はいらぬ、強い酒さえあればいい……

 最後は熱戦の末、上手玉が安藤さんの陣地にまで侵入する「入玉」という形になり、僕の勝ちとなった。安藤さんの敗因は何か――というと、おそらく玉を囲わなかったことだろう。いつものように矢倉囲いに組むか、あるいは美濃囲いに入れておけば逆転されることはなかったはずだ。

 対局が終わると安藤さんはその場でネームを切り始めた。僕は井口さんにすすめられ、他のお客さんと指すことになった。大学生ぐらいの男の子でアマ三段だという。序盤で不思議な工夫を食らって大作戦負けとなったが、中終盤で一気に差して勝った。最近の若い子はみんな研究熱心だなーと感心。ネームメモが終わった安藤さんも他のお客さんと指して二連勝していた。強いじゃないか

6.居酒屋へ

 ノルマは達成。将棋はさくっと切り上げて、居酒屋を探すことにした。二人とも将棋と酒のどちらを取るかと聞かれると、大差で酒を取る人間なのである
 まだ4時台だったのでほとんどの店はやっていなかった。神戸駅から三宮駅に向かう道すがら、激安長時間営業の焼き鳥屋を見つけて中に入った。安藤さんの初手はビール、僕は焼酎だった。

 取材の裏話、最近の面白い漫画を中心に華が咲く。取材や漫画界の裏話についてはここで書くことはできない。どこの世界にも闇深な話はひとつやふたつは転がっているものだ。
 漫画の話となると、安藤さんは俄然熱くなる。特にネーム論を元にした漫画批評には頷けるものがあった

 話していると安藤さんが独自の哲学を持っていることに気付かされる。

 安藤さんは安易にバズることをよしとしないし、売れることよりもある種の美しさを大切にしている。僕は同じクリエイターとして、そういう姿勢の人間を見るのは楽しいし嬉しくもある。最初に思った「大学で出会う気の合う友人」感だ。

 ただ、美しさでは腹は膨れないというのも現実だろう。現代のクリエイターは極一部の売れっ子を除いて、自己宣伝をしながら作品を作っていく必要に追われている。クリエイターであり、同時にプロデューサーであることが求められているのだ。

 この人は大丈夫だろうか? 僕自身、余裕なんてないのだが、どうにも心配してしまう。
 
 しかし、思い直してみるに、熱心に応援しているファンは、彼のこうした真っ直ぐな側面に惹かれているのではないか。安藤さんはしっかりと作品を作り、ファンや出版社がバズらせていく――というのが健全な姿なのだろう。

 安藤さんは一人にしておくと野垂れ死にしかねない人間だが、不思議と人を惹き付ける魅力がある。

 エッセイ漫画家は、自分の手足を食べながら前に進む生き物だ。大変な経験をいくつもしてきた安藤さんは手足がめっちゃある生き物と言えるだろう。飛び込み取材や交渉をするバイタリティもある。どれも僕にはないものだ。

 お互い、作品で食えるようになりたいね。マジで。

 居酒屋を出た後は、JR三宮駅近くの神戸市役所の展望ロビーまで歩く。狙いはTwitter映えだ。

(↓僕の撮った数少ないピントの合った写真。安藤さんはもっといいのを何枚も撮っていた)

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 その後、三宮駅で解散となった。

 Twitterを通じての不思議なつながりはいくつかあるが、安藤さんもそのひとつとなった。数少ないゆるやかなつながりがあることで、僕達はどうにかこうにか生き続けている


7.漫画に初登場!

 この時の様子は、「こんなレベルの低い将棋見たことがない!」第二十二局 神戸に行きました!http://matogrosso.jp/shogi/22.html)に描かれた。

 近日電子書籍で発売される「こんなレベルの低い将棋見たことがない!」2巻に収録予定となっている。

将棋界の敵・橋本長道」の雄姿を拝もう! しょぼい小説家である橋本長道回にどれだけの価値があるかはわからないが、ここ一、二年で活躍し名を上げる(予定な)ので、プレミアものになるかも!? 

 純粋に新しいコンセプトの将棋漫画として面白いので手に取ってみてね

(↓凶々しいオーラを放つ将棋界の敵・橋本長道)

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