チョコレートエージェント茶太郎の物語「プロローグ」
僕の名前は黒藤茶太郎。
ひらがな読みで「こくとうちゃたろう」だ。
職業はチョコレートエージェント。
勤務先は世界。
今いる場所はヨーロッパの某所。
詳しくはいえないが、私は”あるもの”を仲間とともに探査する任務についている。
数年前に日本から派遣され、それ以来ずっとだ。
相棒は2人。
いや正確には一人と一匹、というべきか。
一人は凄腕のベテランエージェント、もう一人(一匹)もそれに劣らない優れた探知能力をもっている。
え?
いったいエージェントってなんのことかって?
それはこれから説明するとしよう。
ほんの2年前のあのときのことを・・
全ての始まり
僕はある食品輸入商社の営業部員。
毎日出社してはその日に配送する商品のチェックと、車への積み込み、得意先へのルート営業をこなす毎日だ。
扱う商品は主に海外の輸入食品で、調理に使う食材からお菓子、飲料までなんでもござれだ。
取引先はヨーロッパが多いけど、もちろんそれ以外の海外、アメリカ、オセアニア、アジア、ロシア、アフリカなど結構多岐にわたっている。
中堅規模の会社なので、市場調査から営業、仕入れ、納品まですべてを自社でまかなわなければいけないので、けっこう大変だ。
そんな中で僕は入社4年目の新人とも中堅ともつかない微妙な立ち位置にいる。
仕事は普通にこなすほうだが、特別優秀でもない。
ごく平凡などこにでもいる20代後半のサラリーマンというやつだろう。
その日も朝の仕事を終えてオフィスで伝票の確認と経理に提出する書類を作成していたところだった。
「黒藤くん」
背中から声がかかったので振り返った。そこには上司の花田部長がいた。
僕の部署の上司で、温厚で物分かりの良い、上司の鏡のような人だ。
「なんでしょう?」
「忙しいところを済まないのだが、ちょっと時間をくれないかな」
「今ですか?」
「そうだ」
いつもは温厚で軽い笑みをたたえることの多い花田部長だけど、いつも以上に目じりに皺を多く寄せてニコニコしながら語りかけてきている。
なんだ?
「分かりました。とりあえずこの書類を書き終わったらすぐに」
そう言って作業の続きをしようとすると、すぐに言葉が響いた。
「今すぐにだよ」
優しいけれどビシっとした言い方だった。
驚いた僕は落としかけていた目線を花田部長に向けると、そこには相変わらず満面の笑みを浮かべた七福神の顔があった。
でもその目の奥はまったく笑っていない。
「それを置いて私についてきなさい」
にっこり微笑む花田部長。
有無を言わせない強さ。
僕は慌てて手元の書類を片付けた。
「わ、分かりました。では今すぐに」
「うん、頼むよ」と言って頷くと、部長はスタスタと先に歩いて行った。
僕もすぐに立ち上がって、その後を追った。
部長は部署のある室内から出て、廊下の突き当りにあるエレベーターに向かっている。
僕もすぐに追いつき、部長の少し後ろ立ってエレベーターが降りて来るのを待った。
エレベーターが到着し、その中に入った。
部長と二人きり。
無言だ。
けっこう緊張する。
部長は「5F」のボタンを押した。
そこは役員専用フロアだ。
(役員フロア?)
面接試験以来、食堂がある4階以上に足を踏み入れたことはなかった。
大企業ではないとはいえ、やはり平社員が役員以上の重役と顔を合わすことはほとんどないのだ。
やがてフロアに到着し、花田部長は先に出た。
その後をついていく。
たどり着いた部屋の前。
「専務室」
と書かれたドアだった。
部長がコンコンと叩くと、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
部長は「失礼します」といって中に入った。
僕も足を踏み入れた。
広々としたオフィスの中の中央には、向かい合わせのソファがあり、その奥に大ぶりのデスクがある。
その向こうに見えるのは広い窓。絵に書いたような役員室というやつだ。
もちろん、そのデスクには「専務」が座っていた。
顔が彫りが深く、まるで宍戸錠のような渋いダンディな専務の顔。
部長と私をじっと見つめていた。
「かけたまえ」
専務はそういい、部長と私に手でソファを示した。
一礼して腰をかけると、「二人に飲み物と”あれ”を」と伝えるのが聞こえた。
きっと隣室に控える秘書に伝えたのだろう。
”あれ”とは何だろう?
私と部長は並んでソファに腰をかけた。
続けて専務が向かいのソファに腰をかけた。
「首尾はどうかね?」
座るなり、専務は部長に話しかけた。
「良くはありません。エージェントの報告によれば、まるで手掛かりが掴めないということで」
「そうか。やはり難しいか・・」
エージェント?
僕は黙って聞きながら、交わされる言葉に驚いた。
「ハンブルクにいる要員によれば、ロンドンで動きらしいものは確認できたということですが、まだはっきりしないようで」
「ふむ」
「今後も探索を続行しますが、現状のままでは可能性は10%以下かと・・」
「そうなると、やはり」
「はい」
まったく何を言っているのか分からない。
いやむしろさっきからこの二人は何を言っているのだろうかと思った。
エージェントとか探索とか、まるでスパイ映画のようじゃないか。
僕が今いるのは食品を扱う民間会社のはずだぞ・・
「黒藤くん」
そう思っていたら、急に言葉をかけられた。
「は、はい」
専務は僕に顔を向けていた。
「チョコレートは好きかね?」
「えっ?」
すると「失礼します」という声が聞こえて、奥の部屋から秘書らしき女性が盆の上に何かを載せて運んできた。
えらく美人でセクシーだ。
「おお、ありがとう。彼の前に置いてくれ」
専務がそう言って僕のほうを示すと、はい、といって秘書の方が目の前にコーヒーカップと一枚の皿を置いてくれた。
皿の上には黒くて丸いものと四角いもの、ミニカップ入ったゼリーのようなものが3つ載せられていた。
「君のために取り寄せたものだ。特別なチョコレートだよ」
「えっ?」と言った。
僕のために?
「専務と部長の分は・・」
「いいんだ、食べると良いよ」
隣の部長が言った。
顔を向けると、にっこり微笑んで頷いていた。
(なんだか毒見をさせられている気分だな・・)
二人の視線を受けながら、僕は仕方なく目の前の皿に乗ったチョコをつまんでいった・・・
⇒第2話「選ばれしもの」に続く
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