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ざぷん~シロクマ文芸部

初夏を聴く。
地平線の果てまでも広がる海。

鹿児島空港から2時間以上かけて山麓を抜けここまで来た。ドライブの道中、新緑の山々は萌え、若葉は満ち満ちた香りを放つ。風雨で削られシラス台地に平坦な土地はなく、低い山々の緑は常に接近している。道のすべてが谷であり、曲がりくねる。信号機の手前に予告信号なるものがあり、カーブで見えない信号の手前で点灯して、事前に教えてくれた。

道路は所々にひび割れ、陥没していて、お世辞にも車を運転しやすい道とは言えない。でも、ゆっくり安全に走行してもいいと、お墨付きを頂いているようで、悪い印象を持つことはなかった。

僅かな平地の都市部を除き、ほとんど車は走行していない道。途中ラジオをかけてみたが、山々で電波が届かないのか、殆ど聴くことはできなかった。なぜだか韓国語のラジオ番組ばかりが感度よく入る。

高低差が至るところにある、くねくねした道を走行していると、稲作に適さない土地だということがよくわかる。そんな環境で、美味しいものをたくさん生産している鹿児島の人たちの心意気を、食事の度に思ってしまう。

到着したのは阿久根の海。
遠くには、長崎が見え、もっと遠くに見えるのは朝鮮半島だろうか?
この崖地から見る海は太平洋の外海よりも、広く大きく感じる。

透明なエメラルドグリーンの波は、丸くなった溶岩石に寄せては返し、白波を立てている。石は緑や赤や白や黒色をしていて、まるで金魚鉢の敷石みたい。誰もいない静かな所。

ざぷん。ざぷん。

大きく伸びをして、思いっきり深呼吸。

ざぷん。ざぷん。

身体の中身が変わっていく気さえする。

『気持ちいいー!』と大きな声を出してみる。

ざぷん。ざぷん。

誰もいないと思っていたら、釣り道具を持ったおじさんが階段を下りながらこちらを見ている。

気まずい。気まずいが、旅の恥は搔き捨てて、すれ違いざま、おじさんに『この辺りでは、何が釣れますか?』と聞いてみた。するとおじさんは『今日は音を釣りにきました』と答える。『音?』と思ったが、確かによく見ると釣竿の先にマイクらしき物が付いている。

あるドキュメンタリー映画の中で、坂本龍一が雪解け水の音を釣っていたことを思い出し、思わず『音を釣るなんて、映画がありましたね。』とつぶやいてしまった。すると、おじさんは『ああ。あなたもあの映画を観ましたか』と言いながら、手慣れた手つきでマイクを海に落とした。

あのマニアックな映画を観た人がいるなんて、少し嬉しくなって、ちょっとうわずった声で『はい。』と答えた。

おじさんが録っている邪魔になっても申し訳ないので、少し離れた場所に移動し、スマホを使って音を釣ってみる。

ざぷん。ざぷん。

スマホで録った初夏を聴くと
今いる世界の方が偽物みたい。

ざぷん。ざぷん。
ざぷん。ざぷん。

↓こちらの企画に参加しています。



【おまけ】
今回訪れた鹿児島県出水市・阿久根市は、卵の生産量が日本一の土地です。

2022年冬に鳥インフルエンザが流行し、12万羽、47万羽、3万8千羽、7万8千羽、6万6千羽と殺処分が相次ぎました。現在は殺処分埋却地から流出した廃液がため池を汚染し問題になっています。

ちょうどこの日は、廃液被害の補償をするのは難しい状況だという県の見解がニュースになっていました。

今現在も卵が品薄だということは知っていても、その土地に行かないとわからないことはたくさんありますね。

いつも読んで下さり
ありがとうございます。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶



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