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地区委員長から見たPTAの世界【委員長になった日】

新地区委員総会 

平成26年2月26日 水曜日 12:00~13:30

これは小学校の地区委員長になった当日のお話。

新地区委員総会に出席するため、その日は有給休暇を取り、早めにお昼を済ませてから小学校のランチルームに向いました。入口近くに置かれたテーブルの上には、総会で使用するプリントが並んでいて、着た人から順に一部ずつ取っていきます。着席するテーブルは5列あり、各班ごとの1丁目東、1丁目西、2丁目東、2丁目西、学区外の5ブロックに分かれていました。どこかに知った顔がいないかと辺りを見回しながら、緊張気味に自分の席を探します。

着席していた隣の水野さんが「はじめまして。8班の水野です」と先に声を掛けてくれました。「はじめまして。7班の蓮沼です」と軽くあいさつをすると、水野さんは初めて入るスナックのママの様な気さくさで「この場ってなんか緊張する雰囲気ありますよね」と訝しい顔をしつつ、お互いの自己紹介になるような取り留めの無いお話ができる人でした。水野さんは冬でも小麦色の肌をされていたので「キレイに日焼けされてて、何かアウトドアのスポーツとかしているんですか?」と聞いてみたら、「毎週ゴルフに行ってるから、冬でもこんがりしています。もともと色黒ですが。小麦色の肌といえば、うちの班にはメキシコ人のママがいて、日常会話はできるけど、ほぼ読み書きができなくて、配布のお手紙やメールだけで意思疎通ができるかが不安。家に訪問して毎回説明しなくちゃいけないかと思うと憂鬱で」と言うので「確かに最近の小学校は多国籍ですよね。ちなみにそのお宅はご主人も外国の方なんですか?」と聞くと「ご主人は日本人のようです」とのことだったので「それならご主人にお手紙を読んでもらう協力をお願いしておけばきっと大丈夫ですよ」と言うと、水野さんは「そっか。そうですよね」とgoodのハンドサインをします。

「あら。蓮沼さん、今年地区委員なんですね」と言いながら、隣の席に、市井さんのおばあさんがやってきました。「こんにちは。市井さんも地区委員なんですね。今日はママさんはお仕事ですか?」と聞きながら、市井さんが座る椅子を引きます。「そうなの。今日はお仕事休めないって言うから代理よ代理」と嫌そうだけど満更でもない様子でおばあさんが答えます。「家族が代理でこういうのに出席してくれるなんていいな。市井さんのママが羨まし過ぎる」と私。「こういうのは、みんなでやればいいのよ」とおばあさんはいつもの調子です。

市井さんのおばあさんは、孫と一緒に遊んでいる私の娘を案じて、私が仕事から帰宅するまでの間、何度も娘を預かり面倒をみてくれました。私にとっては足を向けて寝られない人です。

市井さんは配布されたプリントに目を通しながら「そういえば、この前お裾分けしてくれたミカンすごく美味しかった。この辺りで売っているミカンなの?」と聞かれたので「あれはお取り寄せしたミカンなのでこの辺りでは売ってないです。佐賀美人というミカンで今年の販売はもう終了しちゃいました」と答えると、市井さんは「あらそれは残念。それにしても、プリントがたくさんあるのね。解らなかったら後で教えてね」

私は「はい。いつでもどうぞ」と答えた。

「総会までまだ少しお時間ありますので、着席されている方は、ご連絡先用紙のご記入をお願い致します」とアナウンスがあったので、書き始めた。


「そろそろお時間になりましたので、地区委員総会を始めます。まずは配布書類をご確認ください」

【配布書類】
1.登校班 班名簿
2.安全会加入名簿
3. 平成27年度地区委員等名簿
4.班長バッチ
5.新1年生名簿
6.新地区委員の皆さまへ
7.PTA防犯パトロール
8.地区執行部について
9.行事準備担当

【レジメ】
1.子ども会会長のあいさつ
2.校長先生(副校長先生)のあいさつ
3.配布物の説明
4.提出物の説明
5.執行部・行事担当決め
6.班長交代式

「それでは、こども会会長ごあいさつお願いします」

子ども会会長のあいさつ
「子ども会会長の中村です。PTA会長と兼務しています」と話はじめます。始めは子どもたちが安全に通学するための留意点や、上級生が下級生を思いやる心を育むなど登校班の意義などを話します。その後、地区委員が対応する行事の話になった際

「小学校子ども会は小学校PTAとは運営母体が違います。PTA役員はPTAの行事をしますが、地区委員は地域の子ども会の行事の運営と執行をします」とさらっと言うので、総会に参加していた地区委員は口々に「子ども会?」とザワザワしました。最初は何を言っているのか解りませんでした。

つまり地区委員会は小学校PTAの委員会かと思いきや、町会の子ども会の役員の仕事を地区委員が務め、子ども会の行事を実施する組織でした。

うちの小学校には子どもが在学中6年の間に一度はPTA役員になるという暗黙のルールがありました。6年間でPTA役員にならなかった保護者は全員卒業対策委員になります。ただ地区委員はPTA役員や卒対の役員をやっても免除になりません。その理由がこれかとやっと解りました。

子どもがいるのは小学校だから、子ども会を小学校の中に置き、その運営を保護者にしてもらうという発想は町会の目線からすると合理的ですが、保護者の目線からすると騙し討ちにあったような気持ちになります。

校長先生のあいさつ
学校側からは校長先生、副校長先生と地区委員担当教諭の3名が子ども会の運営員となります。ですが、地区委員会の実質的な運営は地区委員会執行部が行い、学校は補佐的に執行部に協力するという説明で、実務については学校は関知せず、活動は保護者に丸投げという趣旨の印象しか受け取ることができませんでした。

配布物の説明
執行部が配布物を読み上げながら、地区委員の仕事の内容説明をします。

★登校班の管理
・新1年生保護者への登校班登校の連絡
・見送り当番表の作成
・班内連絡網の作成
・転入と転出の対応
・廃品回収立当番表の作成

★地区委員が開催する行事
・クリーン作戦
・サマーフェスティバル
・ラジオ体操
・もちつき大会

★地区委員が協力する活動
・廃品回収
・PTA防犯パトロール

提出物の説明
4月初旬までに執行部に提出するものとして
★登校班名簿
班を構成しているクラスの人数、出発時間、通学ルートを記入し、2部(学校提出用・地区委員保管用)提出
★安全会加入名簿
全児童及び在籍する児童兄弟の未就学児及びその保護者のクラス、氏名、性別、年齢、生年月日を記入し、提出

執行部・行事担当決め
「ここまでの内容で質問のある方はいらっしゃいますか?」と旧委員長が全体に問いかけると、男性で唯一参加していた新地区委員が挙手をしました。マイクが彼に渡ると冷静な口調を意識した様子で質問をはじめます。「今日は仕事を休んでこの場に出席しています。校長先生に伺いたいのですが、今のご時世、共働き世帯が多い中、学校がこれだけの負担を保護者に強いていることが、異常なことだとはお感じにならないのでしょうか?また、小学校として保護者の負担をこれから軽減するためのお考えが現在あるのでしょうか?」と圧が強い質問したので驚きましたが、総会に出席していた新地区委員は皆、ちゃんと聞いてみたい内容でもありました。校長先生にマイクが渡り「保護者の皆さまには大変な負担かと存じますが、皆さまの創意工夫で負担の少ない地区委員会にして頂けたらと思います」と頭を下げた。全く彼の質問に回答していないので、男性は怒りに満ちた表情を浮かべ「私はやれないものはやらないよ。だってこの活動は任意でしょう?誰にも強制する権利はありませんよね。私はそのようにしますので、皆さまご承知おきください」と男性は早くも活動放棄の宣言をした。

進行している旧委員長が「そうですね。それぞれにご事情もおありでしょうから、可能な範囲で協力して頂けると大変助かりますので」と柔らかく、その場の空気を切り替えた。さすが繁盛店居酒屋の若女将。「それでは、そろそろ役割決めに移ります。委員長や副委員長などの執行部を希望される方がいらっしゃいましたら挙手をお願い致します。昨年私は地区委員長に立候補しましたけど、今年立候補する方はいらっしゃいますか?」

・・・15秒の沈黙後

「では、お時間もないのでジャンケンで決めさせていただきます。席が5列に並んでいますから、そのブロックごとにジャンケンで1名ずつ選出してください」

私はジャンケンが苦手だ。ここぞという時にいつも極端な結果になりがちだからだ。選任されるジャンケン。引き当てるジャンケン。かつて結婚式の二次会で行われた100円総取りジャンケン大会でも出席者200人分の100円を総取りしたこともある。元カレの弟の結婚式だったから変な感じに目立つ結果になった思い出が甦った。

案の定 ブロックごとのジャンケンで負けた。
負けた者は前の方に集められ、この5人と会計2人を含む7人が執行部になると告げられる。あとはブロックで負けた5人でジャンケンをして負けた者が新地区委員長だ。

案の定 執行部のジャンケンでも負けた。
私は新地区委員長になり、他の4人は副委員長になった。頭の中が真っ白になってきっと魂が抜けていたと思う。あまりこの後の記憶がない。

そんな状況でも「スミマセン広報担当の者です。春の広報誌に新地区委員の紹介を掲載しますので、執行部のみなさんの写真を撮らせてください」と言われてすぐに後ろの方に連れていかれた。「いやぁ皆さん表情がカタイですね。もう少し笑ってもらえますか?」って言われても

そんなん 今笑えるかいなっ!(ココロの叫び)

爽やかに写真を撮る広報担当が、なんだか別世界にいる人のように見えた。「撮影した画像を確認してください。コレでいいですかね?」と聞かれ、皆ほぼ適当に「それでいいです」と答えた。まだ茫然自失な感じは否めず、何の情報も入ってこない。

席に戻ると水野さんも魂が抜けていた。私の顔を見た水野さんは「もちつき大会の責任者になりました」とシュンとしている。「私も委員長になりました」と一緒にシュンとしていたら、市井さんのおばあさんが「私はただのもちです」と言いながら、ひとくちチョコをふたりにくれて、私の背中を優しくさすってくれた。チョコを開けようとすると、総会を進行していた執行部の人がやってきて、「新委員長さん。これが本日決定した各行事の役割分担表です。で、これが防犯パトロールの割り当て表です。それと、これが地区さんの携帯電話とメアドなので、早いうちに登録して地区さんの中で共有してください。ご連絡先の用紙は個人情報になりますので委員長さんが現物を保管して、コピーなどは控えてください」と矢継ぎ早に書類を渡される。32名分のメールアドレスを手入力するのは、大変そうだったので「今、自分のメアドを黒板に書いて皆さんから私宛にメールを送信してもらうというのはダメですか?」と聞くと「ごめんなさい。もう班長交代式の時間で校庭に児童が整列し始めているので、お家でやってください」と言った後、大きな声で「各行事責任者の引継ぎは、3月7日土曜日16時よりランチルームで行います。執行部の引継ぎは同日時にPTA室で行います。旧地区委員最後の全体会議の後に行いますので、日時の変更はできません。都合の悪い方は新地区委員長にご連絡ください。これから班長交代式ですので、配布しました班長バッチを現班長さんにお渡しください。順次速やかに退室をお願いします。本日はお忙しい中ありがとうございました」と慌ただしく総会は終わった。


班長交代式 

13:45~校庭には子どもたちが既に整列していた。班の列は6人だったり30人だったりで列がデコボコしている。人数が少ない班だと2回地区委員をすることもあるだろうし、30人いれば地区委員をやらないで済む保護者もいるのだろうなとぼんやり思う。

班長交代式がはじまり、PTA会長がまた登校班の意義について子どもたちに向けてやさしい言葉で説明する。「新班長さんは班のリーダーとして、みんなが安全に登校できるように下級生たちを守ってください」と子どもたちを鼓舞するように少し高めのテンションで新班長さんにお願いした。女の子たちはシラっとしているのに対して、男の子たちはモチベーションが上がっている顔をしていて、見ていて面白いなと思う。

今度は地区委員長が「今から新班長さんが班の先頭に立って集団下校します。明日から新班長さんでの登校になりますので、春から新一年生を迎える練習だと思って登校してくださいね。旧班長さんは最後尾で新班長さんのフォローしてあげてください。それでは新班長さんは、列の先頭に来てください。旧班長さんは、新班長さんの帽子に新しい班長バッチをつけてあげてくださいね。つけ終わりましたら旧班長さんは列の後ろに並んでください」と話した。毎年行われるこの儀式が子どもたちに擦り込まれていき、育っていくのかとシミジミ眺めていた。班長バッチは安全ピンで留めるタイプで、帽子を被ったままで針を刺す子もいて、新地区委員さんがあたふたとバッチをつけるのを手伝う光景もあった。概ねバッチをつけ終わったタイミングで地区委員長が「それでは正門から近い順に順次下校をはじめてください」と言って班長交代式が終了する。

来年は私がマイクを持って、きっとあそこに立っているのだろう。


メアド入力 

集団下校後、早々に地区委員32名分の連絡先を入力しはじめる。総会で配布された地区委員名簿と最後にもらった連絡先の用紙、行事役割分担表の3枚の紙を見ながら

1丁目西8班 水野 もち責任者 メールアドレスと携帯番号

とアドレスに入力していきます。3名分を入力したところで早くも挫け始める。今どきメアドを手入力することや、アドレスの文字列に規則性がないことも意外とストレスがかかる作業だった。来年の地区委員長がこの作業をしないよう、次回はちゃんと段取りよくすると心に決めた。

全てのアドレスを入力するのに3時間ほど経過したと思う。受け取った連絡先の内、ひと班だけ空欄で提出されていて、用紙の端っこに「総会では代理の方が出席されていて、携帯電話を忘れて連絡先が不明とのことです」と書かれていました。

ひとまず 晩御飯を食べてからにしよう。


もちの山田さん

夕食後、連絡先が空欄だった山田さんの自宅に電話を入れた。「夕食時に申し訳ありません。来年度地区委員長になりました蓮沼と申します。総会で地区委員さんの連絡先の記入があったのですが、山田さんの携帯電話の番号とメールアドレスが不明だったので、教えて頂きたく、ご連絡しました。少しお時間よろしいでしょうか?」と聞くと「はい。連絡先ですね。少々お待ちください」とすぐに教えてもらえるかと思いきや「私はもちつき大会の責任者になってしまったみたいで、代理の方がジャンケンで負けた場合でも私が責任者にならないといけないのでしょうか?いつも帰宅が遅いから、そもそも地区委員なんて無理なのに、もちつき大会の責任者なんて本当に無理です。代理の人もジャンケンに負けて責任者になってくるなんてありえない!」と山田さんが少しお怒りモードで話しはじめます。しばらく自分がどんな経緯で地区委員になったのか、仕事がどれだけ忙しいのかを切々と語り続けます。

役員になった人から委員長や会長が愚痴を言われることは、PTA役員あるあるだと思うけれど、知っておいて欲しいのは、あなたにとってはひとりにする訴えかもしれないけれど、聞く側からすると30人近くの人に同じことを言われ続けているということだ。もうそれは判を押したようにみんな同じことを言う。「PTAは任意」と「仕事がある」と「ボランティア」はもう三点セットと言っていい。強い口調で訴えれば何かが変わるかと思っているかもしれないが、ジャンケンで負けただけの委員長がなんとかできる代物でもないし、そんな気概もない。

なんでこんな話を延々と聞かされているのかわからないので、山田さんの息継ぎの合間に「そうでしたか。山田さんも大変そうですね。でももう役割分担は決定していますので責任者の決め直しは難しいと思います。あとはもう一人いらっしゃるもち責任者の水野さんと協力して、仕事の分担は調整してください」と私が答えると山田さんは「やっぱり変更は無理ですよね。わかりました。それと引継ぎの件なんですが、出席した代理の人に言われた引継ぎの日時は旅行の予定が入っていまして、予約している旅行をキャンセルしろなんてことは言わないですよね?」と新たなご質問。なかなか連絡先が聞けない。

「キャンセルしてまで引継ぎしなくてもいいと思います。前任もち責任者さんとの引継ぎする日を変更するか、ひとまず水野さんに引継ぎをしてもらって、後日情報を共有するかになると思います。水野さんの都合もあると思いますので確認してご連絡します。で、ご連絡先を教えていただけますか?」とやっと言えた。

山田さんの連絡先を聞いて電話を切った。ふー。


班での引継ぎ

山田さんとの電話を終えてすぐにピンポンと玄関のチャイムが鳴る。今日は20時から旧地区委員のなつきママと班内の引継ぎをすることになっていた。「こんばんは。今日は総会お疲れさまでした。役割決めはどうでしたか?」となつきママに聞かれて、私は「委員長になりました」と答えます。彼女は少し憐みの表情を見せたものの、そこには触れず、すぐに引継ぎを始めました。「このUSBには見送り当番表、班内の連絡先と地区さんがする仕事内容が簡単に書かれたエクセルデータが入っています。それとこのデータを印刷した紙がこのファイルの中に入っています」とUSBとA4ファイルを手渡されました。「一度読んで頂ければわかると思いますが、何か聞きたいことがあれば、いつでもメールしてください」と言って早々に引継ぎは終わった。

私となつきママは昨年の地区委員を決める時にひと悶着あった。きっかけは、なつきママが「来年の地区委員の件ですが、5年生の保護者から選出するので、蓮沼さんが地区委員でいいですか?卒業するまでに一度は誰もがすることなので」という内容のメールを送信してきたことだ。下町っ子は話の筋を通していない申し出は、何かと引っ掛かる。

本来なら前任者の仕切りで後任者を決めると思っていたし、班には5年生の保護者が3人いて、うちは子どもが1人、なつきママは2人、たくママは2人。どうして一人っ子のうちが地区委員をする前提でメールしてきたのだろう。

私自身は地区委員をすることは構わなかったけれど、話し合いやじゃんけんもしないで、個人が一方的にメールを送り付けてくることがとにかく不快だったし、その時期の私はまだ大切な人を亡くしたばかりで、とてもPTA活動をするような状態でもなかったから、前任者の方に事情を話し「蓮沼さんは来年地区委員を引き受けてくださるそうなので、今年は別の方でお願いします」と前任者からなつきママにメールの返信をしてもらった。

そして、なつきママが地区委員になった。

その後なつきママが地区委員になった夜にやけ酒のワインを浴びるほど飲んだという知りたくもない情報が子ども伝いに入ってくる。子どもたちは家庭の中であったことを何のためらいもなくそのままお友達に話すのだ。

もしも昨年なつきママに言われるがままに地区委員を引き受けていたなら、今年私が地区委員長になることはなかった。そのことは地区委員長になった1年の間に何度も脳裏をよぎった。どうすることが正解だったのか、何度も思いを巡らせたけれど、正解なんてものは存在しなかった。その選択をした時点のそれがベストだという単純なことをすっかり忘れていた。青い鳥と同じですべての答えは最初からそこにある。私が地区委員長になりなつきママのやけ酒の夜がチャラになるならそれもいい。


もちの水野さん

なつきママとの引継ぎ後、もちの山田さんの件で水野さんにメールをした。送信して数秒で「今からお宅に行ってもいいですか?」と水野さんから電話がかかってきた。隣の登校班ということもあり、互いの家は50メートルも離れていない。3分もしないうちに水野さんがやって来た。

私ともちの山田さんが話した内容をかいつまんで水野さんにお伝えすると「旅行に行く予定なんですね。話だけを聞くと山田さんは結構クセがありそうな人ですね。引継ぎする日をリスケするのは面倒ですから、私一人で行って来ますよ」と水野さん。「そうしてもらえるとすごく助かります。じゃあ今、山田さんに電話しちゃいましょうか?」と私。「はい。しちゃいましょう」と清水さん。二人で山田さんに電話を入れました。最初は私が話し、途中で水野さんに変わります。先程のように山田さんが20分近く一人で話すことはありませんでした。もち責任者の二人は次に会う約束をして電話を切ったようだ。水野さんが「いやあ。山田さんってキャラが濃い人ですね」と笑っている。「山田さんは某飲食店チェーンの社員さんだそうで帰宅も遅いみたいです。水野さんもやっぱりお仕事が大変でしょうか?」と私が聞くと、水野さんは「以前までは仕事をしていたけれど、昨年乳がんを患って今は仕事をしていないの。ゴルフばっかりしています。だから全然大丈夫です」と言った。

よくよく聞くと毎週水野さんがゴルフに行っていたのは、気分転換のためだった。「そうだったんですね」と水野さんの背中を撫でると「そうだっだんです。地区さんには内緒にしてください」と清水さんは私の背中も撫でた。


主人。中国へ行く

その日主人は23時頃に帰宅した。私はおかえりなさいも言わないで、帰宅直後から、一気に今日地区委員長になった出来事を報告した。という訳だから毎日帰宅が遅いと、ワンオペで何もかもこなさなければならず、協力してもらえないとツラ過ぎると伝え、もっと早い帰宅をと訴えた。

主人はやべぇという顔をしながら「大事なお話があります。しばらく保留になっていた中国出張の件ですが、4月初旬から7月下旬までに決まりました」と目も合わさずに報告しました。

これは何かの罰ゲームなのでしょうか。

ワーママの休日もないワンオペ育児とPTAに翻弄された怒涛の1年の始まりの日は、こうして静かに終わっていくのでした。

#創作大賞2024
#エッセイ部門

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